湯ヶ野温泉街をうるつく
湯ヶ野温泉の続き。 福田家を出たあと、川沿いの小さな温泉街(と言っても路地1本のみだが)をうろつこう。 バス通りから河津川に下りてくる途中に、わずかな住宅地があり、温泉宿はいちばん川沿いにいくつかある。 しかしここはもうやってなさそうだな。。。 あっ、これはジモ泉だ。何とも言えず惹かれるこの佇まい。この公衆浴場も伊豆の踊り子に出てくるスポットなのだが、...
View Article竜宮閣で〆!
河津からの続き。 帰りにもう一度伊東に立ち寄ろうと思っていたのだが、湯ヶ野温泉への行き帰りで2~3時間もロスしたので もう熱海まで直行する。帰りの新幹線の時間までちょこっと夕食を食べるかお茶しようかと考えていたが、 友人の提案で竜宮閣へ立ち寄り湯をしに行くことに。ナイスアイデア!! ここは4年前に熱海をうろついた時にも惹かれていた古い旅館。もう夕方だったのでダメかもと思ったが、聞いてみるとOKと。...
View Article2019.02.23~14 伊東、河津タイルめぐり もくじ
寒い冬に暖かい伊豆へ行こう、と思いついたただけだったが、何とちょうど河津桜祭りのピークにバッティング! 行きは寝台特急サンライズ瀬戸で熱海まで。朝イチからまち歩きスタートして、見たかった物件、新たな発見、たくさんの 建物とタイルを見ることができて充実の旅となったが、翌日は桜祭りの影響が直撃、体力と時間を消耗した・・・(泣)...
View Article尾張戸神社の敷瓦
今年の春に、念願の尾張戸神社の敷瓦を見てきた。 ご存知の通り私はタイル好き、特に日本の重厚な本業敷瓦・本業タイルが大好きで、最初にここのことを知ったとき、 こんなすごい敷瓦物件があるなんてと、驚愕したのだった。宗教施設かつ宮内庁が管理する古墳の中にあるため 全く非公開だった尾張戸神社、敷瓦の修復記念として一般公開された2018年のGWは旅行の予定があったので...
View Article台中、再び。
3月に行った台湾のことを早く書かないと、次の台湾行きが来てしまう・・・そう思って焦りつつも、他の旅もいろいろ 書かなければならないことがあるので・・・とか何とか言っているうちに、もう次の台湾旅に行ってしまったよ(爆) ややこしいけど、これは前回の旅。さっさと書いてしまおう(苦笑) 連休がらみの日程で早々とピーチを押さえていたのだが、mayumamaさんも一緒に行くというので、1日ずれの日程で...
View Article台中の建物めぐり
3月の台中の旅の続き。 台中公園をぐるりと回る。こちらの教会は光復後(戦後)建築、1951年と書いてあった。 おぉっ、これもなかなかカッコイイね。国立台湾体育運動大学の中興堂。 前面の壁にいちめんにレリーフ装飾が施されている。 レリーフには銘が入っているようだが、読み取れないな・・・有名な人の作なのだろうか。...
View Article台中の建物めぐり 2
3月の台中の旅の続き。 台中柳原教会から、林之助記念館へ向かう。道すがらは特に何てこともない普通のまちなみだが、人々の生活空間を飾る 素敵な面格子やモザイクタイルの数々に何度も立ち止まってはレンズを向ける。 台湾の面格子は縦横がクロスする部分を90度ひねって鋲で留めてあるため、部材の幅広面が正面に現れ、しかも...
View Article台中の建物めぐり 3
3月の台中の旅の続き。 去年の年末にも台中のまちなかを歩いたが、半分しか見れなかったので、あと半分を見るための再訪である。 今回は台中初訪のmayumamaさんと現地合流したので、一部前回見たところへも案内する。 台中の近代建築密集エリアにやって来た。こちらは旧台中警察署庁舎(現台中市政府警察局第一分局)。 1934(昭和9)年築。...
View Articleもうひとつの台中駅舎
3月の台中の旅の続き。 翌朝、早朝からmayumamaさんは朝活へ繰り出していたが、私も時間差で朝の散歩に出る。 泊まっている宿は立派な旧台中駅舎のある西口でなく、裏側の東口にある。日本でもだいたい古い駅では街の顔である 立派な駅舎と駅前広場がある表側のまちが発展している半面、もう一方の側には出口がなかったりとても不便だったりして、...
View Article彰化近郊のタイル民居めぐり
3月の台中の旅の続き。 今日は徐さんが台中発タイル民居めぐりに連れて行ってくれるというので楽しみ!! まずはホテルのすぐ近所の国際大戯院を見に行く。ここはタイルスポットではないが、日本統治時代の古い建物を 見るのも共通の興味。台中のまちなかのめぼしい建築はほとんど見尽くしたと思っているが、すぐ近くにこんなのが あったとは。建築年等は全く不明。。...
View Article鹿港辜家と鹿港のまちなみ
3月の台中の旅の続き。 古い町並みが残る鹿港へ向かい、途中八方雲集という店でランチ。ちなみにこの店、台湾中に展開するチェーン店なのだが 餃子やワンタンがめちゃくちゃおいしくて、早く日本にも出店してくれないかなと思っている(笑) おなかが落ち着いたら、鹿港随一の豪邸、鹿港辜家を見に行く。実は私は11年前にも訪れたことがあるのだが、...
View Article鹿港の老街をうろつく
3月の台中の旅の続き。 旧鹿港公会堂を見に行く。ここは確か前回は工事中で見られなかったところ。2階建の高さがあるが中に入ると 吹抜けの大空間である。中央の3連アーチ窓が1〜2階を貫くように見せ、高さを強調している。 入母屋造りの大屋根を載せた神殿のような立派な建物を見ると、同時の鹿港の繁栄ぶりが窺える。 1928(昭和3)年完成。建設資金はあの辜顯榮も寄付したとか。...
View Article彰化近郊のタイル民居めぐり2
3月の台中の旅の続き。 鹿港のまちを離れ、再び郊外へタイル民居めぐりに出かける。どこをどう走ったのかよくわからないが・・・ ちょっと迷ったりしながら田園地帯の中にある小さな集落に到着した。道路から塀も何もなく、中庭はまわりの 草むらとひと続きになったような、素朴な感じの三合院。右護龍の屋根は落ちてしまっているな・・・(涙)...
View Article彰化近郊のタイル民居めぐり3
3月の台中の旅の続き。 次に来たのは、かなり規模の大きい邸宅。赤レンガ積みの平屋建てで、外から見ただけでも、左右にある棟(護龍) が三重になっているのがわかる。 あっ!マジョリカタイルが!!ひときわ古い正面の建物(正身)の壁と、屋根の上に、鮮やかな色が見えた。 うわぁ~!!すごい!入口の左右の壁に3ヶ所ずつ、マジョリカタイルのコンポジション。ブルーが眩しい!!...
View Article台北城内から西門町へ
3月の台湾の旅の続き。 台中から台北に戻り1泊した翌日、そこそこ早起きをして朝食を食べてから、朝8時に総統府(旧総督府)へ行く。 総統府の自由観覧日が月に一度あり、写真撮影もOKらしい。私はずっと昔に普通の日に見学したことがあるが、 係員の案内について回り、写真はNGだった。前は旧正月前で赤い封筒をもらったな。...
View Article龍山寺あたりをうろつく。
3月の台湾の旅の続き。 西門町を抜けて龍山寺の方へ歩いて行く。まずは再びの剥皮寮へ。前回すごく面白い展示もありかなりゆっくり見たのだが 今回再びやって来たのは、ここにマジョリカタイルがあるというのを後から知ったため。結構隅々見たはずだけどタイルは 見当たらなかったな。一体どこにあったのか?何としても探し出すぞ!! →前回の記事 「リベンジ剥皮寮」...
View Article金義合行と萬華林宅
3月の台湾の旅の続き。 さて次は台鉄萬華駅の近くの、大通りに面した立派な企業ビル、金義合行。う~ん、カッコイイ~ この建物の建築年はおおよそ大正時代としか分かっていないようだ。金義合行の業種もよくわからないが、 京都のパン屋流月堂の創業者である陳芳福氏の生家であったとのネット情報が。 現在は義芳塑膠工業、大洋塑膠工業という2つの看板があがっていて現役のオフィスビルのようだ。 (塑膠=プラスチック)...
View Article萬華の路地と大稲埕辜宅
3月の台湾の旅の続き。 萬華あたりを少しうろつくと、和平青草園というのがあった。ここは何?建物があったので覗いてみたが閉まっていて よくわからなかった。 今ネット検索してみたら、この建物を含むきれいな三角形の土地は、台湾で最も早期の精神保健センターである 「台北仁濟療養院」の跡地のようだ。数年前に整備され、緑豊かな萬華公園となった。...
View Article迪化街のまちなみと林五湖古厝
3月の台湾の旅の続き。 迪化街は、大稲埕の港からほど近い場所に形成された問屋街で、日本統治時代に建てられた洋中ミックスのバロック風 商店建築がずらりと並んでいた。乾物や薬種、お茶などの店が多く、私も一番最初に来たのは、乾物を買いたいと言って 台湾に嫁いだ友人に連れて来てもらったのだった。キクラゲとか昆布飴みたいなお菓子とか買ったっけ(笑)...
View Article台北名所 波麗路(ボレロ)
3月の台湾の旅の続き。 迪化街から民生西路へ折れて新芳春行という古い茶商のビルを見に行ったら、道の向こうに何やら変わった看板が見えた。 ???あれは何語?台湾語か?よく見ると、アルファベットで「BOLERO」と併記されている。 ははぁ、あれは台湾語の、ボレロ、の発音記号だな。そんな表記の看板は見たことがない。面白いな! 別途、漢字も書いてある。波、麗の上の部分、路、でこちらもボレロと読むのだろう。...
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