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Channel: まちかど逍遥
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台湾 嘉義旧監獄を見学

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嘉義の続き。

檜意森活村からほど近いところに、嘉義旧監獄がある。ここはガイドツアーによる見学のみ可能で、
本当は昨日行きたかったのだが、9:30、10:30、13:30、14:30と一日4回しかないので、
今朝の朝イチに行くことにしたのだった。


若干外れているとは言えこんなまちなかに監獄があったのか。
日本統治時代には各主要都市に監獄が作られたが、現在も建物が全部残っているのは嘉義だけらしい。
嘉義旧監獄は1922(大正11)年の建築で、国定古蹟。

以前行った宜蘭では、監獄の門のみが保存されていた。

このときのガイドツアーは、台湾人のお坊さんの研修旅行のグループと一緒になった。
ガイドのおばちゃんは元教師でベテラン。

監獄の外塀にしましまの服を着た下手な作りの人形が吊るされているのだが、「あの人形は
逃げようとしているのか、入ろうとしているのかどちらだと思いますか?」とガイドさんの問いかけ。
昔なら逃げようとする人だったかもしれないが、今は入ろうとしていると思われる、なぜなら現代では
人権が尊重され現実社会よりも快適な暮らしが保障されているから、など、、ユーモアを交えながら
当時の監獄での監視方法や、囚人の生活について分かりやすく説明してくれた。
(と言っても、私は友人に訳してもらうのだが・・・)

門からまっすぐ進み管理棟を抜けると、中央台がある。この部屋から「智舎」「仁舎」「勇舎」と
名づけられた3つの棟が放射状に伸びており、中央台からこの廊下をまっすぐ見通すことができる。
日本の網走監獄の五葉よりは少ないものの典型的な当時の監獄建築を今に伝えている。


ショーケースに展示された、内側をくりぬかれた本やスリッパなどは、禁止されたタバコを隠し持つための
囚人たちのおかしくも涙ぐましい努力のあとである。




廊下に面して小さな房がずらりと並んでいるが、トイレがひとつあるだけの殺風景な白い箱。
写真の部屋だとおそらく3~4人入っていたのではないか。独房は一坪もない狭い狭い部屋。
囚人が自殺しないよう、余計な凹凸はなくしてあり、天井は格子になっている。
看守は「猫道」と呼ばれる廊下の上の通路を伝って天井裏からも房内の様子を監視したのだとか。


裏手には囚人たちが労働に従事した第一~第三工場がある。そこにはこの施設を改修したときの
様子を説明したパネルや、取り外したボロボロの旧部材なども展示されていた。
棟札のレプリカもあった。






工場の室内の一角にガラス張りのトイレがある。囚人は常に監視されるのである。
いくら生活が保障されていても四六時中監視される生活は・・・やっぱり無理(苦笑)


女囚用のエリアは別棟になっていて、婦育館という託児所のような部屋もあるのが生々しい。
こんなところで育った子供は・・・ここがふるさと?いやそれは、、、酷だなぁ。。。

たっぷり1時間、すみずみまで見学させてもらった。私は網走はまだ見ていないのだが、機会があれば
見に行きたいと思う。


東市場などのある嘉義の中心部には「城隍廟」があり、信仰の中心地でもある。というか、
日本統治時代以前は廟を中心にまちが発達してきたのだろう。


廟建築は寺院建築と同様立派過ぎてよく分からないのであまり積極的に見ないのだが、
ちょっと時間もあったので見に行ってみた。


すると、この天井!!折上げ八角ドーム天井と呼ぶべきか!?
イスラムのモスクの天井を思わせる黄金のドーム。しかも鍾乳石飾りを彷彿とさせる緻密で
濃密な装飾でドームが埋め尽くされている。


この装飾のひとつひとつが全部仏像に見えるがそうでないような気もして、、、
写真を拡大して見るとちょいちょい人型が紛れ込んでいる。これがどういう世界観を表しているのかは
よく分からないが・・・いやはや、圧倒されまくる廟建築だった。。。


続く。


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