大阪市内の主な廃線跡はだいたい見たかな〜と思っていたのだが、この日たまたま、今まで
存在を知らなかった廃線跡を新発見した(笑)。
道ばたのフェンスにあった地図をたまたま見たところ、街の区割りを無視して見事なカーブを
描く小道が。何これ!?
東部市場引き込み線。
JR関西本線の東部市場前駅の北側にある百済貨物駅から、さらにその北側にある大阪市
東部中央市場まで、ほぼ180度の半円を描いて引き込まれていた単線の線路跡が、
実に美しいカーブ具合そのままに、道路になっていたのだ。
今まで全く気づかなかったのは、まぁ私があまりなじみのない地域であることに加え、
私が常々持ち歩いている「日本地学協会」の地図に、全くその道が描かれていないことが
大きい。縮尺の問題ではなく、完全に抜けているのは沿道の住人にとっても失礼なことである。
・・・まぁこの地図は誤字脱字、転記ミス、旧情報、等々満載で、いつもそういう箇所を
見つけてはひとりツッコミを入れている、楽しい地図なのではあるが。。。
昭文社の地図が見にくくて嫌いなのでしょうがない。話が大きく逸れてしまった。
てなわけで私に新発見された廃線跡。この美しさを見て!
「野田緑道」になっている福島の中央市場の引き込み線とよく似ている。
この完全な弧といい幅といい、引き込み線のありし日を彷彿させるに十分な姿。
荷物を満載した長編成が、機関車に引かれてカーブの向こうへ消えてゆく。。。いいなぁ〜
市場の塀は跡形もないところを見ると、廃線後に建て替えられたのだな。
帰って調べてみると、百済貨物駅は1963(昭和38)年に開業、東部卸売市場は
1964(昭和39)年に開場、引込線も同時に設置されたと思われる。
そして引込線は1985(昭和60)年に廃止されたらしいので、30年近く前だ。
ちなみにJR関西線の東部市場駅はまだ記憶も新しい、1989(平成元)年の開業である。
大阪市 中央卸売市場のあゆみ
長らく関西本線の車窓から愛でていた「百済駅」の看板を掲げた小さな建屋は最近建て替えられ、
真新しく簡素な4階建てのビルディングに変わってしまった。
存在を知らなかった廃線跡を新発見した(笑)。
道ばたのフェンスにあった地図をたまたま見たところ、街の区割りを無視して見事なカーブを
描く小道が。何これ!?
東部市場引き込み線。
JR関西本線の東部市場前駅の北側にある百済貨物駅から、さらにその北側にある大阪市
東部中央市場まで、ほぼ180度の半円を描いて引き込まれていた単線の線路跡が、
実に美しいカーブ具合そのままに、道路になっていたのだ。
今まで全く気づかなかったのは、まぁ私があまりなじみのない地域であることに加え、
私が常々持ち歩いている「日本地学協会」の地図に、全くその道が描かれていないことが
大きい。縮尺の問題ではなく、完全に抜けているのは沿道の住人にとっても失礼なことである。
・・・まぁこの地図は誤字脱字、転記ミス、旧情報、等々満載で、いつもそういう箇所を
見つけてはひとりツッコミを入れている、楽しい地図なのではあるが。。。
昭文社の地図が見にくくて嫌いなのでしょうがない。話が大きく逸れてしまった。
てなわけで私に新発見された廃線跡。この美しさを見て!
「野田緑道」になっている福島の中央市場の引き込み線とよく似ている。
この完全な弧といい幅といい、引き込み線のありし日を彷彿させるに十分な姿。
荷物を満載した長編成が、機関車に引かれてカーブの向こうへ消えてゆく。。。いいなぁ〜
市場の塀は跡形もないところを見ると、廃線後に建て替えられたのだな。
帰って調べてみると、百済貨物駅は1963(昭和38)年に開業、東部卸売市場は
1964(昭和39)年に開場、引込線も同時に設置されたと思われる。
そして引込線は1985(昭和60)年に廃止されたらしいので、30年近く前だ。
ちなみにJR関西線の東部市場駅はまだ記憶も新しい、1989(平成元)年の開業である。
大阪市 中央卸売市場のあゆみ
長らく関西本線の車窓から愛でていた「百済駅」の看板を掲げた小さな建屋は最近建て替えられ、
真新しく簡素な4階建てのビルディングに変わってしまった。