台湾、金門島の続き。
小金門から戻ってきて、まだ夕方まで時間があるので、再び水頭集落に立ち寄って洋楼の内部見学をしよう。
外観は何度も見ていた得月楼と黄輝煌洋楼、やっと開いている時間に行くことができた。
観光客が結構来ているようだ。私も早速入ってみると中には平屋建ての洋楼があった。入口は頭上に扁額があったり
左右に文字が書かれていたりと中国風だが、白い壁と洋風の装飾に違和感なく溶け込んでいるなぁ。
そして軒下にマジョリカタイル。卍崩しの模様もさりげなく入っていたが、雷文で中和されているように感じる(笑)
得月楼は中へ入れなかったが・・・銃口がいくつも開けられているのが見える。銃口にもひさし用のモールディングが
つけられていて、それがどうしても眉毛みたいに見えてしまう(苦笑)
右の方に行くと、外から見えていた2階建ての洋楼とつながっていた。レンガ張りの1階の壁が一部フレーム状になっていて
レンガで形作られた卍崩しの模様の間にマジョリカタイルがはめ込まれている。
こんな素敵な使い方初めて見るなぁ!
その上には「喜喜」の文字が。結婚のお祝いにこの洋楼が建てられたのだろうか。一般的な吉祥文なのか。
こちらの入口にもびっしりとタイルが!
よく見るとイッチンによる手描きタイルだ。日本製ではなさそう。この手のレプリカタイルをよく見かける。
室内の腰張りにもタイルが使われている。
こちらも、上下のボーダーのタイルはモールド製だが、花柄のタイルは手描き。
手描きと分かってガッカリするというのは何ともおかしな話だ(苦笑)。しかも品質も結構よさそうなのに。
この不可解な「ちょっとガッカリ感」の原因は何かと考えてみると、「じゃあ元々貼ってあった日本製のタイルは
どこへ行ったのか?」ということなんだろう。
ここでは洋楼についての展示があり、その説明によると、金門島には少なくとも51町村に133棟もの洋楼があった。
金門島の洋楼はほとんどが、南洋へ渡って一旗上げた華僑たちにより、1920年代~30年代に建てられたという。
当時明清時代の閩南建築からすると新しかった洋楼も、70~80年の時を経て美しさは色あせている、と。
いやいや、しっかりした材料で作られている洋楼は改修すればまだまだ往時の輝きを取り戻せるよ!!
風獅爺文物坊も開館していた。
こちらは土産物屋やカフェが入っていたり、イベントをやっていたりと賑やか。
入口のタイル。
おぉ、このデザインは金門島で初めて見るな。アザミのつぼみのデザインのハーフサイズタイル。その下の葉っぱの1/4
サイズのタイルも見かけない。嘉義のタイルミュージアムやシンガポールのタイルギャラリーで見たアザミ模様の
タイルはたいがいベルギー製だったが、これはどうなんだろうか。
お茶を飲んでゆっくりするほどの時間もないので、建物見学だけさせてもらおう。
うわぁ、素敵!
センスのよい設えでこんなにも生き生きとした魅力的な空間になるのだから、あちこちで見てきた崩れ落ちそうな洋楼も
もう一度再生してホテルにしてほしいなぁ!!
ベランダの壁にもマジョリカタイルが貼られていた。
続く。
小金門から戻ってきて、まだ夕方まで時間があるので、再び水頭集落に立ち寄って洋楼の内部見学をしよう。
外観は何度も見ていた得月楼と黄輝煌洋楼、やっと開いている時間に行くことができた。
観光客が結構来ているようだ。私も早速入ってみると中には平屋建ての洋楼があった。入口は頭上に扁額があったり
左右に文字が書かれていたりと中国風だが、白い壁と洋風の装飾に違和感なく溶け込んでいるなぁ。
そして軒下にマジョリカタイル。卍崩しの模様もさりげなく入っていたが、雷文で中和されているように感じる(笑)
得月楼は中へ入れなかったが・・・銃口がいくつも開けられているのが見える。銃口にもひさし用のモールディングが
つけられていて、それがどうしても眉毛みたいに見えてしまう(苦笑)
右の方に行くと、外から見えていた2階建ての洋楼とつながっていた。レンガ張りの1階の壁が一部フレーム状になっていて
レンガで形作られた卍崩しの模様の間にマジョリカタイルがはめ込まれている。
こんな素敵な使い方初めて見るなぁ!
その上には「喜喜」の文字が。結婚のお祝いにこの洋楼が建てられたのだろうか。一般的な吉祥文なのか。
こちらの入口にもびっしりとタイルが!
よく見るとイッチンによる手描きタイルだ。日本製ではなさそう。この手のレプリカタイルをよく見かける。
室内の腰張りにもタイルが使われている。
こちらも、上下のボーダーのタイルはモールド製だが、花柄のタイルは手描き。
手描きと分かってガッカリするというのは何ともおかしな話だ(苦笑)。しかも品質も結構よさそうなのに。
この不可解な「ちょっとガッカリ感」の原因は何かと考えてみると、「じゃあ元々貼ってあった日本製のタイルは
どこへ行ったのか?」ということなんだろう。
ここでは洋楼についての展示があり、その説明によると、金門島には少なくとも51町村に133棟もの洋楼があった。
金門島の洋楼はほとんどが、南洋へ渡って一旗上げた華僑たちにより、1920年代~30年代に建てられたという。
当時明清時代の閩南建築からすると新しかった洋楼も、70~80年の時を経て美しさは色あせている、と。
いやいや、しっかりした材料で作られている洋楼は改修すればまだまだ往時の輝きを取り戻せるよ!!
風獅爺文物坊も開館していた。
こちらは土産物屋やカフェが入っていたり、イベントをやっていたりと賑やか。
入口のタイル。
おぉ、このデザインは金門島で初めて見るな。アザミのつぼみのデザインのハーフサイズタイル。その下の葉っぱの1/4
サイズのタイルも見かけない。嘉義のタイルミュージアムやシンガポールのタイルギャラリーで見たアザミ模様の
タイルはたいがいベルギー製だったが、これはどうなんだろうか。
お茶を飲んでゆっくりするほどの時間もないので、建物見学だけさせてもらおう。
うわぁ、素敵!
センスのよい設えでこんなにも生き生きとした魅力的な空間になるのだから、あちこちで見てきた崩れ落ちそうな洋楼も
もう一度再生してホテルにしてほしいなぁ!!
ベランダの壁にもマジョリカタイルが貼られていた。
続く。