都島区の続き。
うわ、このアパートもかわいいなぁ!宝荘。
ここ、昔一度見つけた記憶がかすかにあるのだが、定かではない(苦笑)
入口ひさしを支える円柱は、1cm角ぐらいの豆タイル貼りで、オレンジやピンクがたま~に入っていてカワイイ!
遠目で見てもなかなかタイルがあることが分からないのだが、そこはやはり経験の賜物で(笑)
この先もまだまだ何かありそうな雰囲気でそそられるが、今日は第一三福湯に入ると誓ったので、もうこれ以上
遠くへ行くのはやめてお風呂へ戻ろう(汗)
お風呂屋の前の道の西側のエリアは何もないかなと思いつつ何か惹かれるものがあってちょっと入ってみたら、、、
何だこれは!?「大阪子供のりもの株式会社」だって!?変わった名前~~!
壁に直にペンキで書かれた文字を見るとこの建物もかなり古そう。しかしこっちは「大阪のりもの」となっているな?
この変わった建物は社屋なのだろうか、それとも倉庫?茅野で見た寒天倉みたいだ(笑)
近寄ってみるとシャッターが開いていて、土曜日の夕方だったが奥の事務所ではまだ仕事をされているようだった。
おしゃれなテントの下に隠れた壁には、「ベビーカー、乳母車、三輪車、二輪車、子供自動車、ベビーサークルベッド、
スベリ台、ブランコ、育児用品全般」と直書きされていた。なるほど、その名の通り、子供用の乗り物の専門会社なのだ。
ショーウインドーにはベビーカーと共にシニア用のキャリーカートなども展示されていた。
検索してみるとこの会社は創業が戦後すぐの1947(昭和22)年。当初は「大阪のりもの」だった社名を
1968(昭和43)年に「大阪子供のりもの」に変えて、新たに会社を設立されたようだ。
その後平成も終わろうという今の時代まで、会社名を横文字やイマドキっぽい名前に変えたりせず、
このベタな名前(誉め言葉です)で、続けられているとは、すごいなぁ。硬派(笑)
都島区の住宅地の真ん中に本社を置いたまま、松屋町に第5支店まで開き、手広く商売されているようだ。
レトロな社屋にはタイルがいっぱい!
ショーケースの台座にもモザイクタイルが張り詰められていた。
内部もたくさんタイルが使われているのだろうなぁ~~。見せてほしかったが、土曜日の夕方に仕事されている
ところへ踏み込んでお願いする図太さはちょっと持ち合わせておらず(汗)
さぁ、これでまち歩きは終わりにして、お風呂屋へ。あぁ、この暖簾をくぐれる幸せ。。。
「いらっしゃい」。番台にはおっちゃんが座っていた。
うわぁ、期待に違わず中は古いなぁ!ロッカーこそ合板だが、3枚羽の天井扇、垂直マッサージ機、無垢板の床。
そしていったん前栽の方へ出た外にあるトイレはなんと、「ちり紙」が!おぉ!感動(笑)
あくまで伝統を貫くストイックなまでの潔さ。
浴室もまた素晴らしい。中央にドカンと楕円形の浴槽、まわりの床は御影石敷き。
壁の大部分を占めるストレートエッジの白無地タイルは少しきなり色がかって、オリジナルであることを物語っている。
石と石の間にはビスケットのようなタイルが敷き詰められ、カランまわりや浴槽の立ち上がり部分もパズルモザイクが。
モザイクタイルの種類が多くて楽しい~~~
ゆっくり浸かったあと、ドライヤーを使うのに両替をしてもらいに行くと、番台は女性に代わられていた。
お兄さんがされているのを時々手伝っておられるとのことだった。
年季入ってますよね~、戦前ですか?戦後すぐだと思います。もう80年になります。古くてすみません。
いやそんな、素晴らしいですよ!!壁のタイルも元のままですよね、石畳の床もいいですねぇ。
御影石の床が自慢なんですよ、冷たくないでしょう。そうですね!
帰り際にまた少しお話ししたが、都島からまち歩きしてきて素敵なお風呂屋を見つけたので即決したと話したら、
ありがとう、ありがとうととても喜んで下さった。まち歩きを最高のお風呂屋で締めることができて、あぁ~満足!
都島区ももう一度深掘りしたいし、第一三福湯にもまた入りに行きたいなぁ。
赤冨士になった第一三福湯。
終わり。
うわ、このアパートもかわいいなぁ!宝荘。
ここ、昔一度見つけた記憶がかすかにあるのだが、定かではない(苦笑)
入口ひさしを支える円柱は、1cm角ぐらいの豆タイル貼りで、オレンジやピンクがたま~に入っていてカワイイ!
遠目で見てもなかなかタイルがあることが分からないのだが、そこはやはり経験の賜物で(笑)
この先もまだまだ何かありそうな雰囲気でそそられるが、今日は第一三福湯に入ると誓ったので、もうこれ以上
遠くへ行くのはやめてお風呂へ戻ろう(汗)
お風呂屋の前の道の西側のエリアは何もないかなと思いつつ何か惹かれるものがあってちょっと入ってみたら、、、
何だこれは!?「大阪子供のりもの株式会社」だって!?変わった名前~~!
壁に直にペンキで書かれた文字を見るとこの建物もかなり古そう。しかしこっちは「大阪のりもの」となっているな?
この変わった建物は社屋なのだろうか、それとも倉庫?茅野で見た寒天倉みたいだ(笑)
近寄ってみるとシャッターが開いていて、土曜日の夕方だったが奥の事務所ではまだ仕事をされているようだった。
おしゃれなテントの下に隠れた壁には、「ベビーカー、乳母車、三輪車、二輪車、子供自動車、ベビーサークルベッド、
スベリ台、ブランコ、育児用品全般」と直書きされていた。なるほど、その名の通り、子供用の乗り物の専門会社なのだ。
ショーウインドーにはベビーカーと共にシニア用のキャリーカートなども展示されていた。
検索してみるとこの会社は創業が戦後すぐの1947(昭和22)年。当初は「大阪のりもの」だった社名を
1968(昭和43)年に「大阪子供のりもの」に変えて、新たに会社を設立されたようだ。
その後平成も終わろうという今の時代まで、会社名を横文字やイマドキっぽい名前に変えたりせず、
このベタな名前(誉め言葉です)で、続けられているとは、すごいなぁ。硬派(笑)
都島区の住宅地の真ん中に本社を置いたまま、松屋町に第5支店まで開き、手広く商売されているようだ。
レトロな社屋にはタイルがいっぱい!
ショーケースの台座にもモザイクタイルが張り詰められていた。
内部もたくさんタイルが使われているのだろうなぁ~~。見せてほしかったが、土曜日の夕方に仕事されている
ところへ踏み込んでお願いする図太さはちょっと持ち合わせておらず(汗)
さぁ、これでまち歩きは終わりにして、お風呂屋へ。あぁ、この暖簾をくぐれる幸せ。。。
「いらっしゃい」。番台にはおっちゃんが座っていた。
うわぁ、期待に違わず中は古いなぁ!ロッカーこそ合板だが、3枚羽の天井扇、垂直マッサージ機、無垢板の床。
そしていったん前栽の方へ出た外にあるトイレはなんと、「ちり紙」が!おぉ!感動(笑)
あくまで伝統を貫くストイックなまでの潔さ。
浴室もまた素晴らしい。中央にドカンと楕円形の浴槽、まわりの床は御影石敷き。
壁の大部分を占めるストレートエッジの白無地タイルは少しきなり色がかって、オリジナルであることを物語っている。
石と石の間にはビスケットのようなタイルが敷き詰められ、カランまわりや浴槽の立ち上がり部分もパズルモザイクが。
モザイクタイルの種類が多くて楽しい~~~
ゆっくり浸かったあと、ドライヤーを使うのに両替をしてもらいに行くと、番台は女性に代わられていた。
お兄さんがされているのを時々手伝っておられるとのことだった。
年季入ってますよね~、戦前ですか?戦後すぐだと思います。もう80年になります。古くてすみません。
いやそんな、素晴らしいですよ!!壁のタイルも元のままですよね、石畳の床もいいですねぇ。
御影石の床が自慢なんですよ、冷たくないでしょう。そうですね!
帰り際にまた少しお話ししたが、都島からまち歩きしてきて素敵なお風呂屋を見つけたので即決したと話したら、
ありがとう、ありがとうととても喜んで下さった。まち歩きを最高のお風呂屋で締めることができて、あぁ~満足!
都島区ももう一度深掘りしたいし、第一三福湯にもまた入りに行きたいなぁ。
赤冨士になった第一三福湯。
終わり。