佐伯の続き。
商店街のエリアから大手町の方へ渡るとなにやら古めかしい建物が。これは何?と思ったら、バスターミナルだ。
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おぉ、昔ながらのバスターミナルだな!きっぷ売り場の窓口やベンチが旅情を搔き立てる。お土産物屋があれば
完璧なのだけど、と思ったら、売店は閉店してしまったようでシャッターが閉ざされていた。
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しばしノスタルジーに浸って楽しんでいたが、まわりがガランとしていることに気づく。
このあたりは古いまちなみが残っているようにネットには書いてあったのだが、歩いてみると古いものは
ほとんど残っていないようだ。取り壊してしまったのか・・・
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見ると、空き地に立てられた看板に再開発の完成イメージ図が載っていた。広い空き地にまちづくり交流館、
情報発信館と共にバスターミナルも新しく作る計画らしい。そうなのか・・・寂しいなぁ。
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そこで、はっと気づいた。去年の夏の水害を受けたせいか?スマホで検索してみると、やはり佐伯も去年7月の
水害の被害が甚大だったようだ。このあたりも浸水して建物がだめになってしまったのだな。。。そうか。
船頭町の方へ移動しよう。京町通りには古い商店や旅館などの建物が少し残っていた。
こちらは戦後の建物だろうが、玉石を貼り付けた塀がかわいい白井歯科医院。
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風格ある佇まいがひときわ目を惹く旅館宝来家。検索してみると、今も宿泊できるようだ!
船頭町はその名の通り船頭や水夫が住んでいた町。番匠川に面して船着場があり、人や物が行き交う場所だった。
この京町通りは大日寺の門前町として賑わい、明治以降は花街であったらしい。
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宝来家は1892(明治25)年に料亭として創業、「船頭町の大火」のあと1931(昭和6)年に
建てられたのが今の建物という。「赤玉」というカフェの上がダンスホールになっていたそうだ。
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現在は建物の一部を「SLOW CAFE茶蔵」として営業されている。時間があったら入ってみたかったな。
そしてまた佐伯に来ることがあったら泊まってみたい。
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向かいは糀屋本店。ここが「塩糀」ブームの火付け役だったとは!
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一本南の本丁通りを歩いてみると、こちらも立派な白壁の建物が。大地酒造所。
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瑞鳳というのがここの銘柄のようだ。店先はタイル貼りになっている。
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そしてよく見るとこんなところにも一列、黒のモザイクタイルが貼られている。雲形(?)の持ち送りと。
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こちらは仕込蔵だろうか。大きな墨書きの瑞鳳の文字がすごいインパクト!
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このはす向かいは札場公園で、かつて船着場・荷揚場があり番所が置かれていた場所。
ここにあった説明板に、昔の写真が載っていた。番匠川は海のように広く、大きな船も入って来れたのだろう。
現在は川岸が埋め立てられ運河のような川になっている。
さらに南の細い浜丁通りなども歩く。今はかつての賑わいの影もないが、この辺りには古い木造の建物が
並んで残っていた。このあたりは少し高くなっているのだろうか、水害を免れたのだな。
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ここには塩小売所という看板がかかっていたが、このタイル貼りの箱はなんだろう。よくあるくず入れの
ように見えるが、正面のタイルには「塩」の文字!?塩入れだったんだろうか!?こんなところに!?・・・謎。
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佐伯城の三の丸にあった御殿の玄関部分が移築された、「住吉御殿」。
現在は船頭町公民館として使用しているらしい。
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再び自転車で、城山沿いのお屋敷街をさらっと流そう。
交差点に面した時計屋さん、DAI-ICHI。この建物はどう見ても船だ。
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城山は佐伯城のあったところで、山麓のあたりは武家屋敷が立ち並んでいたエリア。
山麓に沿った道は「歴史と文学のみち」と呼ばれている。
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もう列車の時間が迫ってきたので、走りながら見るのみ。。。
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佐伯市城下町観光交流館になっている、「つたや旅館」の建物。
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駅へ戻って自転車を返し、今度は津久見へ移動しよう。
続く。
商店街のエリアから大手町の方へ渡るとなにやら古めかしい建物が。これは何?と思ったら、バスターミナルだ。

おぉ、昔ながらのバスターミナルだな!きっぷ売り場の窓口やベンチが旅情を搔き立てる。お土産物屋があれば
完璧なのだけど、と思ったら、売店は閉店してしまったようでシャッターが閉ざされていた。

しばしノスタルジーに浸って楽しんでいたが、まわりがガランとしていることに気づく。
このあたりは古いまちなみが残っているようにネットには書いてあったのだが、歩いてみると古いものは
ほとんど残っていないようだ。取り壊してしまったのか・・・

見ると、空き地に立てられた看板に再開発の完成イメージ図が載っていた。広い空き地にまちづくり交流館、
情報発信館と共にバスターミナルも新しく作る計画らしい。そうなのか・・・寂しいなぁ。

そこで、はっと気づいた。去年の夏の水害を受けたせいか?スマホで検索してみると、やはり佐伯も去年7月の
水害の被害が甚大だったようだ。このあたりも浸水して建物がだめになってしまったのだな。。。そうか。
船頭町の方へ移動しよう。京町通りには古い商店や旅館などの建物が少し残っていた。
こちらは戦後の建物だろうが、玉石を貼り付けた塀がかわいい白井歯科医院。


風格ある佇まいがひときわ目を惹く旅館宝来家。検索してみると、今も宿泊できるようだ!
船頭町はその名の通り船頭や水夫が住んでいた町。番匠川に面して船着場があり、人や物が行き交う場所だった。
この京町通りは大日寺の門前町として賑わい、明治以降は花街であったらしい。

宝来家は1892(明治25)年に料亭として創業、「船頭町の大火」のあと1931(昭和6)年に
建てられたのが今の建物という。「赤玉」というカフェの上がダンスホールになっていたそうだ。

現在は建物の一部を「SLOW CAFE茶蔵」として営業されている。時間があったら入ってみたかったな。
そしてまた佐伯に来ることがあったら泊まってみたい。

向かいは糀屋本店。ここが「塩糀」ブームの火付け役だったとは!

一本南の本丁通りを歩いてみると、こちらも立派な白壁の建物が。大地酒造所。

瑞鳳というのがここの銘柄のようだ。店先はタイル貼りになっている。

そしてよく見るとこんなところにも一列、黒のモザイクタイルが貼られている。雲形(?)の持ち送りと。

こちらは仕込蔵だろうか。大きな墨書きの瑞鳳の文字がすごいインパクト!

このはす向かいは札場公園で、かつて船着場・荷揚場があり番所が置かれていた場所。
ここにあった説明板に、昔の写真が載っていた。番匠川は海のように広く、大きな船も入って来れたのだろう。
現在は川岸が埋め立てられ運河のような川になっている。
さらに南の細い浜丁通りなども歩く。今はかつての賑わいの影もないが、この辺りには古い木造の建物が
並んで残っていた。このあたりは少し高くなっているのだろうか、水害を免れたのだな。

ここには塩小売所という看板がかかっていたが、このタイル貼りの箱はなんだろう。よくあるくず入れの
ように見えるが、正面のタイルには「塩」の文字!?塩入れだったんだろうか!?こんなところに!?・・・謎。

佐伯城の三の丸にあった御殿の玄関部分が移築された、「住吉御殿」。
現在は船頭町公民館として使用しているらしい。

再び自転車で、城山沿いのお屋敷街をさらっと流そう。
交差点に面した時計屋さん、DAI-ICHI。この建物はどう見ても船だ。

城山は佐伯城のあったところで、山麓のあたりは武家屋敷が立ち並んでいたエリア。
山麓に沿った道は「歴史と文学のみち」と呼ばれている。

もう列車の時間が迫ってきたので、走りながら見るのみ。。。

佐伯市城下町観光交流館になっている、「つたや旅館」の建物。

駅へ戻って自転車を返し、今度は津久見へ移動しよう。
続く。