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2014.11.28~30 雲仙~大牟田の旅 もくじ

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ずっと憧れていた雲仙観光ホテルの安いプランを見つけて衝動的に取ってしまった。
仕事の超多忙な時期に金曜日の午後だけ休んで無理矢理リフレッシュ(苦笑)。
ピーチで長崎IN、島原半島からフェリーで熊本方面へ渡り、ジェットスターで
熊本OUTの2泊3日旅。

【速報版】
雲仙にて
熊本から、帰路。

【詳細版】
雲仙観光ホテル
雲仙のホテルめぐり
雨の中、大牟田の近代化産業遺産めぐり
雨の中、大牟田の近代化産業遺産めぐり その2

熊本~愛媛の旅 プロローグ

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ここ数年LCCが台頭して、安いチケットの入手が旅のきっかけとなることが
以前より多くなった。それまでも、18きっぷや西日本パスや鉄道のお得なきっぷの
ある時期によく出かけていたが、年々鉄道は安いきっぷの廃止・値上げ・制約強化や、
魅力的な路線・列車の廃止など、環境が悪化(あくまで私にとっての話だが)し、
いかにお得に楽しく個性的に旅するかを考える楽しみがなくなってしまった。
今そんな楽しみを提供してくれているのがLCCである。

セールのときにとりあえず安く取れる便を片道でもいいから買っておく。
さて、これを使ってどんな旅をしようか。。。出発までじっくり楽しめるというわけだ。

12月の末に行ったこの旅も、松山~大阪のピーチ便を1980円で買ったのは9月頃のセール。
前回三崎~佐賀関便に乗ったので今回は宇和島運輸フェリーで臼杵から八幡浜へ渡ろう。
じゃあ九州では、前回はしょった臼杵を歩いて、前から行きたかった長湯温泉でのんびりするか、
という組み立てでジェットスターの大阪~熊本便を取ったのだった。

こうして計画した今回の旅、出発前週になって風邪の兆候・・・ヤバい~(汗)。
忘年会シーズン真っ盛り、悪化させまいと養生し何とか乗り切った。。。
当日はぶくぶくに着ぶくれ、マスクと帽子で完全防備して早朝から出かけた関空にて、
「熊本空港が悪天候のため引き返す可能性があります、ご了承下さい。」
なぬー!?ご了承ってったって、祈る以外ないじゃないか。
濃霧が発生していたらしいが何とか無事着陸でき、計画通り旅を続けられることになった。
ほっ。

続く。

南阿蘇鉄道の風景

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の始まり。

一時は降り立つことさえできないかと思ったが無事熊本空港に到着。
最寄駅である肥後大津まで無料シャトルバスで行けるのはありがたい。

肥後大津駅は空港に近い側はこぎれいになっているが、反対側は改修されていない風情ある
木造駅舎が残る。これを見逃す手はない。


豊肥本線は熊本~肥後大津間は電化されているが、以東は非電化である。
濃霧の名残をまとった山々を背景に、電車と気動車が仲良く並ぶ肥後大津駅のホーム。ここから
気動車の方に乗り立野まで行こう。


立野駅はスイッチバックで有名。阿蘇の外輪山の切れ目の谷に位置する立野駅から、次の赤水駅までの間で
188mの高低差を駆け上がるのだ!
以前、それを体感したくて特急に乗って来たことがあるが、すでに日が暮れていたこともあり
風景がほとんど見えなかった(汗)。


立野駅の構内は広く保線車両も留置されているが荒涼としたイメージ。
汽車の時代には厳しい山登りに備えて機関車が休憩したのだろうか。




あら、猫ちゃん。駅舎で飼われているのだろうか。ホームの端で慣れた様子で毛づくろい。

スイッチバックはお預けとして、立野から南阿蘇鉄道に乗ろう。
南阿蘇鉄道はもと国鉄宮地線、のちに高森線と呼ばれたが、今は第三セクター鉄道である。
いったんJRの改札を出て隣接するホームへ移動する。

ひとまず終点高森まで行ってみることに。南阿蘇鉄道はその名の通り、阿蘇山のカルデラ内の南半分を走る。
この路線には「九州遺産」の本に乗っている橋が二つある。実はこの本、雲仙観光ホテルの図書室で
読んで、その場でネットで購入したのだった(笑)。
立野駅を出てすぐ渡る立野橋梁はトレッスル橋、そしてこちらの第一白川橋梁は「国内初の鋼製アーチ橋」。

いずれの橋も列車に乗っていてはその雄姿を見れないのだけれど・・・(苦笑)

なだらかな高原の風景が広がるが曇っていてぱっとしない。
高森に着く直前いっとき、そそり立つ阿蘇五岳に雲の切れ間から光が当たり神々しく輝いた。


さて、終着駅高森の駅前のまちはごく普通だった。ここから高千穂を通り延岡までつなげる計画
だったのが、トンネル掘削中の事故等により頓挫したらしい。宮崎県側も延岡から高千穂まで
国鉄高千穂線が開業したが、高森~高千穂線間開通は実現しないまま両者3セクとなり、
高千穂鉄道は台風の被害により休止、その後復活することなく2008年に廃止されてしまった。




乗ってきた列車で少し引き返し白川水源を見に行こう。


水源は南阿蘇白川水源駅から5分ほどのところにある吉見神社の境内にある。
というより、水が湧く場所を祀ったのだろう。


神社の境内にある池の砂を巻き上げながらふつふつと湧き出す水はすごい量で、
確かに「水の生まれる里」であると納得。
境内から流れ出した清らかな水は白川となり、熊本平野を横断し有明海に至る。

阿蘇に来てからもあまり観光客を見かけなかったが、さすがにここには観光バスが乗り付け
外国人客もやって来ていた。

南阿蘇白川水源駅と隣の阿蘇白川駅は地図でみると特別近接している。南阿蘇白川水源駅が2年前に
観光用に増設されたのだとか。どうりで。次の列車は1時間後なので歩くことに。

さて、ぶらぶら歩いても10分ぐらいでついてしまった。さて、あと20分以上ある。。。
このあたり、だだっ広すぎて寄り道するような場所もない。


阿蘇白川駅の駅ナカにロハスな感じのカフェが入居していた。カレーもあるらしいが、
食べるほどの時間はない。お茶だけでもいいですか、と入ることに。
ミルクティーと頼んだのに間違ってサーブされたホット豆乳を飲みながら(笑)、落ち着いた
ママさんと男性が話しているところに自然と加わり、しばしのおしゃべり。

その男性の方、鉄道写真を撮るために神戸から移住してきたんだとか!へぇー
阿蘇はやはり緑の萌える春や初夏がベストシーズンと言うが、雪の阿蘇もいいらしい。
紅葉も終わったこの季節は閑散期なんだろう。ま、静かな阿蘇もいいということで。
ひとときあったまって、立野へ戻ろう。

続く。

立野橋梁と第一白川橋梁

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阿蘇の続き。

阿蘇白川駅から乗った列車は「クリスマス列車」だった。車内はほぼアジアからの外国人の
貸切状態(苦笑)。バスツアーの団体さんが白川水源駅から乗り込んだに違いない。

トンネルに入るとキラキライルミネーションに大喜び。クリスマスらしくて楽しい趣向だな。

長陽駅と立野の間にある第一白川橋梁は白川の本流を渡り、桁下62mという高さを誇る。
写真で見ると緑の谷を跨ぐ美しい上路式アーチ橋であるが、地上から近寄ることができないようだ。

列車が橋の中央に差し掛かったとき、速度を落とし・・・ストップ!?うわぉ~、高~い!!
皆スマホ写真をパシパシ。イベント列車には特に興味ない私だったが、いいこともあった(笑)。

立野駅に戻って、駅からすぐのところにある立野橋梁を見に行こう。


旧余部鉄橋と同じトレッスル橋であるこの橋は白川の支流を渡る。
この写真はさっき車内から撮ったもの。


高さ34m、トレッスル橋脚も3本と余部鉄橋に比べると小規模だが、橋の下をくぐりながら
降りて行く道があって、すぐ頭の上に見上げることができるので、ぶつぶつリベットや
塗装の質感まで楽しむことができる(笑)。


鉄橋は国鉄高森線の開通と同年の1928(昭和3)年に竣工している。
向こうに見えるスライダーのようなパイプは、九州電力黒川第一発電所の導水管。
こちらは1914(大正3)年というから立野橋梁よりも早くに作られている。


さて立野から豊後竹田へ移動しようと駅へ戻ってきたが、あれ、宮地で豊後竹田へ行く特急に
接続している便は丸一時間後。なぜか一時間間違えていたようだ。うーん。
こういう時に温泉でも入って温もりたいがここにはないのよね。。。


特急でもいいと思っても宮地から先へ行く列車が全然ない。宮地までの間で途中下車して1時間
すごせそうな駅がないかと検索してみるも、駅前でまち歩きできる駅はなさそうな感じ。
・・・というか、雨も降ってるしテンション下がってきた。。。


宮地止まりの列車にとりあえず乗り込み、スイッチバック体験。
あっという間に立野駅を眼下に見下ろす高さに。


さすがに山が近い。いかにも火山らしい、雄大なはげ山風景が続く。




とりあえず宮地駅まで来たけど、、、転車台や構内踏切など少しは見どころがありそうだな。


アメリカンなフォントで「STEAM LOCOMOTIVE」と書かれた転車台。
ポップだね!


これも大和棟と言うのだろうか、橿原神宮駅畝傍御陵前駅を思い起こさせる立派な駅舎である。
鮮やかな赤い屋根、柱などきれいになっているが、壁や建具を見るとベースは古いことがわかる。
1943(昭和18)年竣工。


駅を出て少し歩いてみた。さすがに豊肥本線の拠点駅だけあってまとまったまちが広がり
国道沿いにロードサイド店も並ぶ。しかし大して面白いものもなく・・・・


スケートリンクに見えるが、普通の事務所だったようだ。


ストーブがぬくぬく焚かれた駅の待合室には、平成24年7月の九州北部豪雨により豊肥本線の
宮地駅~豊後竹田駅間が不通となったときの災害状況の展示があり、大きく曲がったレールの束の
モニュメントもあった。そこには衝撃的な写真が・・・

そうめんのように玉になった線、これはトンネル内から押し出された大量のレールだった!!
鉄製のレールがこんなぐにゃぐにゃとからまるなんて。。。雨水がトンネル内に一気に流れ込んだ
らしいが、どれほど巨大な力がかかったのか、想像もつかない。
2年前の当時、九州の方が豪雨でひどいことになっているというニュースは聞いたが、こんなこと
なっていたとは・・・甚大な被害の中心地がこのあたりだったのだ。しかし、よく復旧したなぁ!!
こうして旅できることに感謝しなければ。宮地駅に来てこのことを知れたのは有意義だった。

続く。

エーデルワイスと萬歳湯

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名古屋の仕事がラッキーなことに金曜の午後から夕方までだったので、ちょっと寄り道。
さてどこへ?もちろんお風呂屋へ。しかしまだ5時過ぎ、とりあえず純喫茶でお茶しよう。
いくつかネットでチェックしていた中から一番渋そうな喫茶エンゼルに行こうと
地下鉄で栄まで行ったのだが、だいぶ前になくなったと。。。あいたたた
仕方ない、次、ここから歩ける範囲で、名古屋テレビ塔のすぐ足下のエーデルワイスへ。

あれかな?

ん?「グロリヤ」?違うな。しかしこちらも昭和な雰囲気でいい感じ。今度また来てみようか。

角を回り込むと、あった。うーん、なるほど素敵だ!


かわいい面格子の嵌った窓から見える店内は黄色い灯りが何とも暖かそう。外は雪がちらつき
指先も凍る寒さ。吸い寄せられるようにドアを開けた。


ストーブでぬくぬくの店内でホットチャイを飲む。
モケット地のチェアや角丸テーブルなど1960年代のレトロモダンインテリアがベースだが、
カウンターに囲炉裏の自在かぎが下がっていたりトーテムポールのような彫刻があったり、
木ビーズのれんが下がっていたりと、民族調?カントリー調?の入り混じった結構濃い空間だ。


何でも、ご主人が山登りが趣味で店名もエーデルワイスに変えたのだとか。
これはそこの本棚にあった名古屋の喫茶店の本に書いてあった(笑)。


その本を見ると他にも純喫茶があるようなので、また機会があれば巡ってみよう。


店を出て、お風呂屋へ行こう。もうすっかり日も暮れてお風呂の気分も高まった(笑)。
さて、こちらもいくつかチェックはしてあるが、行ったことのないお風呂屋へ行ってみるか、
それとも行ったことあるけど存在が危うそうなお風呂屋へ行くか。難しい選択(汗)。
結局後者を取り、浅間町の萬歳湯へ。


以前2回入ったことがあると記憶している。そして1回空振りしたこともある。
今日は定休日も営業時間もチェックしてきたから大丈夫。。。果たして、行ってみると
のれんが下がっていた。よかった!!

あぁ、やっぱりいいなぁ!

外観の写真を撮っている間におばちゃんがひとり出てきたが、入ってみると女湯にお客は私だけ。
独り占めは嬉しいけど心配になる(汗)。もっと繁盛しないと。。。


おっちゃんに声をかけて数枚写真を撮らせてもらった。素敵だなぁ~~
適温の湯船にゆっくり浸かってリラ~ックス。


・・・しかしちょっとゆっくりし過ぎたようだ。寄り道する前に駅で買っておいた
ひかりの指定席は20時11分発。乗換検索したら、、、もう間に合わないじゃないの!!(冷汗)

ゆっくり髪を乾かしてから、自由席で帰るか、今すぐ走って名古屋駅へ向かうか!?
昔自由席で席がなく立って帰った記憶が頭をよぎり、、、完全防備して飛び出した!
最短経路を小走りで、汗だくになりながら約20分で新幹線ホームに到着。ハァハァ・・・

あと5分早く上がれば、こんな汗だくにならずに済んだのに。。。まったく、アホである(爆)

長湯温泉へ

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宮地からの続き。

宮地駅から九州横断特急に乗って、やっとのことで豊後竹田駅に到着したのは、もう夕方5時を過ぎてから。
駅裏の切り立った崖は、マレーシアのGUA MUSANG駅を思い出させる。


真っ赤な九州横断特急は昔、JR九州って外国の鉄道みたいだなぁ、と感動を持って乗ったものだが、
さすがに木部など少しくたびれてきた感がある。。。


竹田の町をちょっとうろつこうと思っていたがもう薄暗いし、それほど時間もない。
駅前のバス停で長湯行きのバスを待つ・・・見知らぬ町のバスを待つときほど心細いものはない。
果たして、正確な時間にバスはやってきた。よかった。。。


50分ほどかかって長湯温泉の宿に到着した頃にはもう真っ暗。山の中で灯りもない。
川を渡ったところにある一軒宿の豊泉荘が今日の宿。この日、私の他にもう一組だけだったようだ。


長湯温泉は炭酸泉が湧くということで入ってみたかったのだが、この宿の内湯は炭酸ではなく、
肌色に濁ったお湯だった。薄暗い照明に旅情は高まる。独り占めでリラックス~~~

夕食も結構な品数が並び、ステーキまで出てきたのには驚いた!

翌日は長湯のまちを散策して、炭酸泉に入れるラムネ温泉館へも行こうと思ってたのだが、
聞けば朝7時から10時まで掃除のため閉鎖するらしい。6時に行けば7時まで入浴できると
いうのだが、う~ん、起きれるかなぁ?でもがんばって起きよう!!

・・・やっぱり無理だった(汗)。
朝食後荷物を持って宿を出て、バスの時間まで長湯温泉のまちなかをうろつくことに。
素朴で魅力的な公衆浴場がいくつもある。但し、この葛渕温泉は地元住民専用。う~ん残念。




しづ香温泉は一般入浴可。ここに入ろうかと心が揺れる。。。


ラムネ温泉館は近年建て替えられたらしく、それまではひなびた小屋だったようだ。
新しくなったのかとちょっとガッカリしていたのだが、新しい施設も、実際に見てみるととても素敵!


ムーミンが出て来そうな、メルヘンチックな形に加えて、縦じまの壁は黒い部分が焼き板で、屋根は鉄板葺き。
しかも空き缶を広げたような波打った鉄板を手作業で葺いた感じ。てっぺんにはちょろりと
木が生えている。シンプルすぎるでもなくまた突飛でもなく、本物の素材と手作り感がおしゃれで
田舎の風景にうまく溶け込んでいるな!


6時に来るんだったとちょっと後悔。。。バスは10時半だから10時からダッシュで入れば
入れないこともないのだが、実はもう1ヶ所行きたいところがあるのだ。


長湯の温泉街の旅館が川沿いに並び、温泉の排水を流しているのだが、川原がエラいことに!
すごい成分。。。土??グロテスク~~


行きたいところは郷の湯旅館。ここの温泉がめちゃくちゃ濃い~らしく、何とかして入ってみたいのだが
こちらもラムネ温泉館と同じく10時から(涙)。危うさからいくと郷の湯旅館を優先すべきだろう。
豊泉荘から逆方向へ歩いて、田んぼの真ん中にある郷の湯旅館へ向かう。途中にも外湯があって
心惹かれるが、、、時間が迫る(汗)


10時前に到着して開くと同時に入ろうと思ったのに予想以上に時間がかかり、バスの時刻まで
あと25分くらいしかない・・・急いで入ろう。


うぉ~ぅ!いいねぇ!
まるで水たまりのような浴槽(笑)。ふちには土が、、、いや、温泉成分だろう、ゴテゴテと積もっている。


お湯に入れば泥が、、、いや、温泉成分が舞い上がり、にごり湯となる。あぁ入れてよかった!

しかし時間が・・・(汗)
「ごゆっくりどうぞ~」と言われて入ったけど、慌てて上ってバス停まで走ったら汗だく・・・(大汗)
なのにバスはなかなか来ない。結局10分ぐらい遅れて来た。。。(冷汗)

続く。

豊後竹田の土木遺産巡り

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長湯温泉からの続き。

さて、バスで豊後竹田駅前まで戻り、駅前のエネオスでニコニコレンタカーを借りる。
前回八幡浜で借りたときはあまり印象よくなかったが、安いので。。。
今回はちゃんとコンパクトカーを借りることができたが、おや、ナビがついていない。
「ナビは別料金なんです」
あっそ、まぁいいや。マップがあるから何とかなるでしょ。


まずやって来たのは、白水ダム。「水辺の土木」の本で見てからいつか見に行きたいと思っていた。
すぐそばまで車で行けるというので、案内に従っていくと、、、おお、あれだ!
うわぁ、遠目で見てもきれい~


1938(昭和13)年竣工。
水の流れが真っ白に見えるのは、斜面がコンクリートでなく石積みで作られていて
水が細かく散るからだ。これにより水圧が分散し、設備の傷みを防いでいるのだとか。
特に負担のかかりやすい両側の端は曲面になっていて、水は転がるように流れて行く。


設備面の問題点をこのように美しい形で処理するとは!そしてその効果のほどは
築造されて3/4世紀経った今も変わらぬ姿であり続けているのを見れば明らかである。


寒風の中、しばし見とれる・・・


さて、駐車場の片隅に「円形分水→」の案内が。おや、親切な。これからそれを見に行こうと
してたんだよ。こういう土木遺産もメジャーになってきて見に来る人が増えたのだな。
矢印を信じてそっちの道へGO!
くねくね道をしばらく走ると、T字路に出た。案内はない。えっ、ハシゴを外された!?
A3サイズのマップは農道まですべて書いてるわけじゃないので、もう半分勘だ。
何度か分かれ道があって迷いながらも集落に出たので、地名を頼りに進んでいくと、
「円形分水」の案内復活!もう~、途中飛ばさないで欲しいわ。

そして、無事到着~!道路から少し降りた田畑の片隅に円形分水が。おお、美しい・・・


正式名称は「音無井路十二号分水」。1934(昭和9)年竣工。
水は中央部の筒の中からとうとうと湧き出し、四方八方にあけられた窓から溢れ出る。


一方向から流れ込むのだと場所によって水圧が変わったり水流により流量に差が出てしまう。
貴重な農業用水を正確に分配するために、水はサイホンの原理で地下から垂直に湧き上がるように
してあるのだ。素晴らしい知恵である。




さて、駅へ戻る方向へ走り出す。しかしまだ見所はある。
のどかな農村風景の中を30分ほど走ったところで突如現れたのが、濃灰色の石がびっしりと
積み重ねられた重厚な6連アーチ。うぉ~~、ストップ、ストップ!!

ちゃんと駐車スペースも設けられている。

この見事な6連アーチは水路橋である。「明正井路一号幹線一号橋」、1919(大正8)年竣工。
説明板には、長さ90m、高さ13m、幅4m余、と書かれていた。
畑の横を上ってみると、ふたのない水路に水がザブザブと流れている。
はまったらえらいことだ・・・そそくさと下りる。。。


6連のうち西側から2番目のアーチは青緑色に澱んだ深い渓谷をまたいでおり、表情が一変する。
隣接する人道橋を渡って、対岸の方にある長小野塩井湧水を見に行く。竹田湧水群は
名水百選にも選ばれている。火山灰がベースになった地質は雨が地中を流れやすいのだろう。


そこからまた少し走ると、さっきの水路橋とそっくりの石積みアーチが現れた。


もろい凝灰岩で組み上げられた石橋。しかしこちらは2連アーチの人道橋だ。
住吉橋。川面に橋が映ってほんとにメガネみたい。

豊後竹田駅から少し行ったところにもこれらと同じような石積みアーチ橋が2件残っている。
そちらは今回行かなかったのだけど、こんなに連続して土木遺産があるなんてすごいなぁ。。。

続く。

幻の、珈琲館オリエント

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2ヶ月ほど前だったか、仕事で古川橋へ行ったときに、駅前商店街の入口の一角に瀟洒な純喫茶が
あるのをチェックしていた。レンガ積みの落ち着いたファサードは、一度座り込んだら仕事を忘れて
別世界に入ってしまうことを予測させたので、また今度時間があるときに来よう、と思っていた。

そして今日、古川橋に行く機会があったので、今日こそ行こうとお昼のお茶を省略し(笑)、
夕方行ってみた。・・・ん、この辺だったはずだけど。。

・・・と、狭いところで防音シートを張って何やら工事しているな、とふと見上げると、
「珈琲館オリエント」の突き出し看板が。うわっ、まさか!?
まさに今目の前で解体されているのが、よりによって、私の探しているところだったなんて!


うわぁ~~しまった。あぁ~、残念!もう少し早く来るんだった。
あぁ、駅前の顔というべき喫茶店が、地元の人々の憩いの場であっただろう由緒正しき老舗喫茶店が、
こんなに無残に壊されていいのか。。。
しかし建物全部を解体しているのでなく店だけをつぶしているので、他の店が入るのか、それとも
オリエントが新しくなって戻ってくるのか。いや~~、あのままで十分魅力的だったのに。

あぁ・・・ほんとに残念。

岡城跡

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豊後竹田続き。

時間が迫ってきたので、豊後竹田駅の北側あたりにある若宮井路笹無田石拱橋と鏡石拱橋はあきらめ
滝廉太郎の「荒城の月」のモデルになったという岡城跡へ行ってみることに。
ナビがないので看板などを見ながら行くのだがどうもよくわからず迷ってしまい、
まちなかをぐるぐる、人に聞いて、十字路で停まっては縮尺の小さい地図を眺めながら、
行くのにかなり苦労した。有名な観光スポットなのに、なんでこんな分かりにくいのか・・・


やっとのことで到着したらあと30分ぐらいしかない(汗)。案内図を見るとかなり広そうだ。
急いで坂道を上っていく途中に、こんな建物が。。。

「ペンション荒城の月」と書いてあるが営業している気配はなく、ちょっと謎めいて妖しげな香り。。。

岡城は1185年に築城されたと伝えられ、近世に岡藩主中川氏の居城となってから城郭を
現在の構成に整えていったという。現在は建物はなく石垣のみが残り、
その風情はまさに「兵どもが夢の跡」。


灰色の凝灰岩がみっしりと積まれた見事な石垣を見上げなが石段を上ったところが西の丸。
二つの尾根にまたがった形をしているが、西の丸は一番根元の部分であり平城的な様相。
そこから尾根の先端へ向かって行くにしたがい、三の丸、二の丸、本丸は平山城、一番先端部の
御廟は山城的となり、これらが一体となった構成の城は珍しいのだという。


これは三の丸あたりだったか、石垣の下は急峻な谷で、ここを敵が攻め上ってくるのは
全く不可能と思える。そして見晴らし抜群。お城に最適な場所だ。。

あぁ、しかしもう時間がない。。。先端の御廟まで行くのは諦めるとして、もう一方の尾根の
家老屋敷の方を回る順路をたどるのも無理っぽい。。。来た道を引き返して駐車場へ。
荒城の月のメロディが頭の中をぐるぐる回っている(笑)。

豊後竹田のまちなかには洋館はなかったが、こんなレンガの意匠の元商店が1軒。


○に谷の文字。何屋さんだったんだろうか。

さて、ここからまた特急に乗って臼杵へ行こう。臼杵は前回端折って行かずじまいだったところ。
臼杵では駅前のホテルニューうすきという安いビジネスホテルを取っていて、夜に食いっぱぐれるのも
ツラいので2食付で予約していた。あまり期待もしていなかったのだが、これがすごいボリュームで
地のものが食べられて、そしておいしかった!

翌日は朝から宿に荷物を預け駅のレンタサイクルを借りて町めぐりへGO!

モンキーヒル

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数年前に仕事で箕面に通っていたとき、気になっていたお店。それほど古くはないが、
ちょっとレトロなファミリーレストラン?ドライブインのレストランのような雰囲気でもあり、
少し高級な「グリル」のようでもある。
一度ランチを狙って行ったことがあったのだが、ちょうど定休日で空振りしてしまい、
箕面の仕事も終わったのでそれきりになっていたのだった。

最近また箕面に行く機会があって久々に思い出し、ランチタイムに行ってみた。
ドアを開けると、ファミレスではなくやはりグリルだな。深い色合いのレンガ壁と高い天井に
太い梁。それらはもちろん構造ではなくインテリアだが、しっとり落ち着いた雰囲気。


お上品そうな年配のお客が多く、子供連れや若いサラリーマンなどは見当たらない。
日替わりランチが1000円からと少し高めだからか。全席喫煙可の大人の空間である。


ランチにはドリンクもついていて、ゆったり優雅なひととき。

少し前にmayumamaさんも行かれたそうでブログにアップされている。昭和46年創業とのこと。→こちら
内部の写真もたくさん載せられているので、チェックしたい方はどうぞ!

珈琲伊勢

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南海堺駅はプラットプラットなど商業施設やバスロータリーのある東口がメイン。
フェニックス通りに近い南口は、かつては漁港として賑わった旧堺港に近い場所であり、
高架の東側には歓楽街、西側には魚市場がある。もう6~7年くらい前にこのあたりをぐるっと
一回りしたことがあったのだが、駅のすぐ近くに現役の魚市場があって驚いたのを覚えている。


そんな堺駅南西部の駅に面した一角にあり、もう数年来気になっていたお店、珈琲伊勢。
ちょっと不思議な雰囲気で踏み込めず、今まで外観を撮るだけだった。


思い切って入ってみると、別に普通で、しかもかなり素敵・・・
クラシックな柄のビロード地が貼られた天井、ゴージャスな雰囲気の照明、カウンターもいい感じ!


足元のタイルは滑り止めの凹凸のついたクリンカータイル。木製のテーブルと相性がいい。


ここではカフェオレを注文。
自然と耳に入ってくるママさんと常連さんの会話からは、やはり近隣の魚市場関係者御用達である
ことが分かる。伊勢という店の名も、もしかして海産物と関係があるのだろうか・・・??


帰り際にママさんに聞いたところではお店を始めて今年で45年になるのだとか。へぇ~
ここだけ電車が目の前の地上を走っているような、そんな雰囲気を保った一角。近隣で働く人々の
一服の場として、これからもがんばってほしいなぁ。
今度また看板メニューのカレーを食べに来ようっと。






まちかどの近代建築写真展in大阪X

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天保山の天満屋ビルで毎年恒例になっている、まちかどの近代建築写真展。
私はいつも設営・撤収のお手伝いだけの参加なのだが、今年でなんと10周年!
今年のテーマは「お役所建築」。全国に残る建物たちを津々浦々まで追いかけて
撮影される近代建築メーリングリストのメンバーの方々はほんとにすごいんである!


10周年記念として初日に行われたトークショーでは、生駒ビルの生駒さんが、
現在の税制の理不尽、資本主義経済の中でのオーナーの葛藤など、古いビルを所有し続ける
ことの難しさについて語られたが、保存活用に取組まれているメンバーの方々から
数少ない成功事例や新しい枠組みの可能性の話題なども出、とても有意義なお話を
聞かせて頂いた。

今回のテーマは民間のビルとはまた違うが、元はお役所として建てられた建築でも
その後他の用途に転用されてきたものも多い。
会場である天満屋ビルは今年で築80年。用途を変えオーナーを変え現代まで
生き延びて来た素晴らしい建築を、これからも大事にしていこうという思いを
伝えるこの写真展の役割は、これからますます大きくなっていくことだろう。


「まちかどの近代建築写真展in大阪X」(通算第43回)
天満屋ビル2階「お茶と雑貨のハaハaハa」
大阪市港区海岸通1-5-28
会期2015年3月7日(土)午後13時~4月4日(土)午後15時まで

TEA ROOM トレイン

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年末、三ノ宮で忘年会があったときに目の端でチェックしていた、JR高架下の喫茶店、トレイン。


鉄カフェを期待しているわけではなく、この看板の垢抜けない昭和なロゴに惹かれたのだ。
「トレイン」という単語と、古めかしいSLのイラストのミスマッチ感がまたいい。


ピラフ450円、という昭和的価格設定に惹かれたのも事実・・・(笑)
インテリアはちょっと期待はずれで普通だったけど、ピラフは卵がいっぱい入っていておいしかった。
安くて申し訳ないので食後のドリンクをつけて売り上げに貢献(笑)

付近のサラリーマンの御用達のお店だな。高架下ながら二階建てで上は雀荘。う~ん昭和っ!!

トワイライトエクスプレス

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今日は現場へ行く予定が会議で遅れ、11時半頃に会社を出て大阪駅へ向かったのだが、ちょうど
今日で最後となるトワイライトエクスプレスの出発時間じゃないの!
ということで、10番ホームへ行ってみた。(・・・確信犯?いやいや)


すでに入線している濃緑色の客車を大勢の人が取り囲んでいて、ホームを歩くのもなかなか思う方向に行けない。


老朽化したといえどもやはり風格があるな。
窓から客車内を見ると、プラチナチケットを手にした幸運な人々が旅の始まりを今か今かと待っている。
うらやましいなぁ。。。


大阪駅のホームで見る「札幌」の文字。一歩踏み込んだらそのまま北海道まで行けるんだ、というときめき。
LCCで2980円とかで気軽に行ける今じゃ、そんな憧れはあまり感じなくなってるんだろうな。。。


何年も前から一回乗ってみたいと思って、観光列車でも移動の足として使えないかと計画したこともあったが、
時間と費用の狭間で二の足を踏んでるうちに、廃止が決まり、JRが最後の書き入れ時と煽ったおかげで
もう全く手が届かなくなってしまった。。。こういうパターン、何度もあったな。




大きな音で汽笛一声のあと、ゆるりゆるりと動き出した車体。動き始めると早い。

古めかしく見えるトワイライトエクスプレスだが、実はそれほど古くなく、1989(平成元)年に運転開始
したというから、今年で26年目ということになる。
走った期間が比較的短いからか、観光列車だからか、それともにわかファンが多いからだろうか、
急行銀河の時などと比べると盛り上がりは少なく、出発もすんなり、あっさり 行ってしまった感じ。

あぁ、夜行列車の時代は終わった。憧れの対象となるような列車はもう大阪駅では見られなくなる。
というか、JRの各社を跨いで運行される列車は新幹線以外なくなって行く。寂しいなぁ。
2年後に「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」という豪華寝台列車が運行されるらしいが、
九州のななつ星と同様、現役世代の小市民など相手にしない、裕福なリタイア層向けの観光列車だろうから
興味が湧かない。あぁ、鉄道はどんどん身近でなくなっていく。

逆光の臼杵

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年末に行った旅の記事がまだ終わらない・・・・(汗)

臼杵の続き

臼杵で泊まった翌日は朝から快晴!臼杵駅はネームバリューの割には小さくこじんまり。好きだなぁ~
駅で自転車を借りて走り出す。


まちなかへ出る前に、ちょっと気になった線路沿いの道を行ってみると、、、「臼杵造船」。
う~ん、わくわくしてきたぞ!


おおっ、これは船だ!このアゴのような出っ張りをバルバスバウと言うのだが、先端が越境しない
ほんとにギリギリのところで作られている。


逆方向から見るとこんな感じ。すごい!!まさに、車の上に船がある感じ。迫力があるなぁ!
朝っぱらから面白い風景を見られて幸先がいい(笑)。


さて、町のほうへ走ると突如崖が現れ、まるで陸に上った戦艦のようなテーブル状の台地がある。
これが臼杵城跡なのだが、元々は丹生島という島であり、キリシタン大名大友宗麟が城を築いたのだとか。
その後周囲が埋め立てられたのだな。自転車なので上るのはちょっとやめておく。。。


臼杵は観光地であり、城下町のメインロードである八町大路の商店街もにぎやかだが、こういう
飾らない建物も混じっており心惹かれる。


また商店街から裏手へ入り込むと古いまちなみが残っている。風格のある長屋門。


坂道の両脇に苔むした石垣が立ち上がり、湾曲した路地を進むほどに違った風景が展開する。
このあたりが仁王座というところで臼杵のまちなみのハイライト。

この丘は約9万年前の阿蘇山の噴火で形成された阿蘇溶結凝灰岩の塊なのだとか。
なるほど、柔らかいから切通しも作りやすく、その時に切り出した石で石垣を作ったのだな。

しかし、逆光!!撮ろうと思うアングルはことごとく逆光で、コントラスト強すぎ!
陰影ができるのはいいが、石垣はやっぱりしっとりした風情に味があるよね。。。


しかも小春日の強すぎる日差しは眩しくて眩しくて、瞼を閉じても網膜がやられそうなほど。
サングラスを持ってきたらよかった。。。


また平地のまちなかに戻りうろつくが、太陽が四方にあるんじゃないかと思うほど、どこへ行っても
逆光でうんざり。。。


素敵だなと思ったのがまちなかでちょくちょく見られる、石の入った黄色い土塀。
多目的交流施設「サーラ・デ・うすき」の建物の壁もこれを模した意匠で作られている。


「久屋の大蔵」と呼ばれる、1860年創業の造り酒屋、一の井手久屋本店のの酒蔵は、
今は展示スペースとなっているが、ここの外壁の下部もこの石入り土壁である。
石を入れるのは強度を増すためもあるのだろう、仁王座の石垣と違ってチャートのような硬そうな石が
埋め込まれているのが興味深い。


昔はもっとまちのあちこちにこんな土壁や蔵があって、統一感のあるまちなみだったのだろうな。


と思ったら、こんなカラフルなモザイク画も(笑)。


続く

上臼杵駅

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臼杵の続き。

臼杵川の中州には、フンドーキン醤油の工場が建っている。工場にしては珍しい装飾的な建物が
対岸からも目を引く。中州へ下りる道がないかと中須賀橋を渡ってみるが、中洲全体が
フンドーキンの敷地らしく下りる道はなかった。じゃあ反対側の住吉橋の方へ行ってみよう。


こちら側からは中州へ入れるようだ。入口近くに建っている和風建築は事務所棟だろうか。
こちらもまたいい感じ!


おお!立派な入口、庭に面したガラス窓。受付でダメもとで聞いてみるが、執務中なので
見学はできないとのこと。ま、当然か。外から写真撮影の許可をもらって、ぐるっと回ってみる。

ガラス窓は木製サッシに結晶柄ガラスをパテ止めした古い状態のまま。

旧田中邸というお屋敷と佐志生小学校の講堂を移設したものといい。ここにフンドーキン醤油の
中枢機関が集まっている。フンドーキンの前身は1861(文久元)年の創業。


こちらが講堂だった部分だろう。中はオフィスである。

見せて頂いた冊子の記事によると、古い建物を本社として使用するのは、「古く伝統的な建物で
過ごすことで、モノをていねいに扱う気持ちが生まれる」からなのだそうだ。
「確かさ、正確」の象徴を商標として150年以上もこだわりのモノ作りを続けているフンドーキン。
これからひいきにしてしまいそうだ(笑)。

さて、臼杵川沿いを遡り上臼杵駅を見に行こう。
途中にあった蔵も例の土壁。


見えてきた、素敵な木造駅舎の上臼杵駅!両脇に、髪を振り乱したような2本のカイヅカイブキ。
しかしここも例に漏れず逆光だ(涙)。12月末というのに暑いくらいの日差し。。。


うわぁ・・・この自然に年月を経た木の質感。。。風雪に耐えてきた瓦屋根の色合い。いいなぁ!




逆光を避けたアングルを探すのに苦労する・・・


待合室の中も手入れが行き届いていて気持ちいい。


ホームは駅舎からずいぶん高いところにあり、階段とスロープはプランターのお花で飾られている。


あぁ、これぞ古きよき駅舎の典型。人が手入れして美しく保たれた駅は実に生き生きしているなぁ!




ホームで臼杵行きの列車を見送ったら、私もそろそろ戻ろう。フェリーの時間が近づいている。


続く

臼杵から八幡浜へ渡る

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臼杵からの続き。

臼杵港から、愛媛県の八幡浜へ渡るフェリーが出ている。これに乗るのが今回の旅の目的のひとつだった。
臼杵駅へ自転車を返し、ホテルニューうすきで預かってもらっていた荷物を受け取り、歩いて港へ向かう。
駅から歩いても10分程度というとっても便利なロケーション。


宇和島運輸のフェリー、さくら。「宇」のマークが郵便マークに見える(笑)。


四国と九州を結ぶ船の便は、松山~小倉三崎~佐賀関、八幡浜~臼杵、八幡浜~別府、そしてつい最近
知ったのだが、宿毛~佐伯という航路もある。このうち、前3つに乗ったので、後2つの航路も乗りたいと
思っている。


船は離岸の時が一番の醍醐味であり、必ずデッキに出て眺める。
ゆっくりだがいったん離れるともう戻れない、すぐそこに見えているのにだんだん遠ざかっていく、、、
胸がキュンとなるその切ない感じが船旅の魅力だ。


さっき見た臼杵造船が見える。背後の山ではずいぶん遅い紅葉が。

豊後水道を横断すると左手に防波堤のような佐田岬半島を見ながら最奥の八幡浜港へ。
2時間20分の爽快なクルーズである。


しましま模様の山を見ると、愛媛に来たなと思う。急斜面のみかん畑だ。


これまで3~4回来た八幡浜だが、海路で入るのは初めて。わくわくする~!


こちらの港は駅からもだいぶ離れていて歩くのはキツイので、タクシーしかないかと思っていたが、
うまい具合にバスが来た。八幡浜駅から電車で大洲へ移動。


大洲に宿をとったのには実は訳がある。
数年前から、肱川の川面を霧が嵐のように吹き降ろしてくる「肱川あらし」を見たいとずっと思っていて、
それは冬限定、しかも気温差や風向きなどの条件が揃わないと見られないのだが、翌日
肱川あらしがうまい具合に発生してくれないかとの希望を込めたのだった(笑)。


シーズン中翌日の発生を予想している「肱川あらし予報会」というサイトに問い合わせていて、
夕方に連絡をくれることになっていた。その会では海から肱川あらしを見る船を出していて、
出航する場合は長浜港に早朝集合のため、ギリギリ駆けつけられる大洲に宿を取ったというわけだ。


臼杵と違ってこちらは雹がぱらつく冷え込み。肱川の土手から山を見ると雪が残っているのが見えた。


そして、悪いお知らせが。。。携帯に肱川あらし予報会の方から連絡があり、明日は残念ながら
出ないとのこと。あぁ、ダメだったか~(涙)


ま、そんなこともあろうかと、大洲ではよしの湯に入るという目的も用意してあったのだ(笑)。




渋いお風呂で疲れをゆっくり癒したあと、宿のお姉ちゃんに教えてもらったお店に夜ごはん食べに
行ったらここが当たり!カウンターの料理屋なんて一見では絶対入る勇気ないけど、とてもおいしくて
安くて満足満足!カウンターで隣り合わせた、神戸から仕事で来て滞在しているという兄ちゃんと話も弾んで
旅先での楽しいひとときを過ごせた。

さぁ、明日の午前中の予定が空いてしまった。どうしようか。。。

続く。


JR畝傍駅貴賓室の公開に行って来た

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先日、実家の母から、JR畝傍駅の貴賓室が公開されるから朝イチ行こうとの誘いで、
また例によって兄と母と三人で出かけてきた。
以前畝傍駅の記事を載せてからこれまでに何度か一般公開があったことは聞いていたが、
実際に見るのは初めて。


おっ、あの開かずのドアが開いている!10時から始まって続々と人が集まってくる。


畝傍駅は1893(明治26)年に開業。現在の駅舎と貴賓室は1940(昭和15)年に改築
されたもの。皇紀2600年にあたる昭和15年は「紀元2600年祭」という国家プロジェクトが
行われた近代史上重要な年で、その一環として畝傍駅の貴賓室も作られたのだとか。
紀元2600年祭の様子を映した映像が流されていたが、戦後の東京オリンピックや大阪万博ぐらいの(?)
壮大なイベントだったようだ。


その50年前、皇紀2550年にあたる1890年(明治23)年には、神武天皇を祀る橿原神宮が
創建された。そしてその橿原神宮や畝傍御陵への最寄り駅として、畝傍駅は設置されたのだ。
展示されていた資料によると、貴賓室は関西圏で9駅、全国で27駅に設置されていた。


中央に白い椅子が二つ置かれた貴賓室は、全く手つかずのままこれまで封印されていたようだ。
高い天井、たっぷりしたドレープのカーテン、気品ある織地の壁紙、、、いずれも経年劣化でくすんで
いるが、時代の空気までも閉じ込められていたと感じる。


この部屋が最後に使われたのは、美智子様のご婚礼時に橿原神宮へ報告参拝された1959(昭和34)年で、
それ以来使われることなく、畝傍駅の無人化に伴い閉鎖されたという。


この折上げ格天井は、台湾檜が使われているそうで、阿里山から切り出された巨大な丸太を船から
クレーンで降ろす様子も映されていた。


単線ローカル線の桜井線も開通当初はお召し列車が走り、畝傍駅は皇族をお迎えする華々しい
玄関口だったのだ。現代では橿原市の中心部にありながら橿原市民にすら存在の薄い
ちっぽけな駅だけれど。
しかし、今までこの古い木造駅舎が壊されずに残ってきたのは、こういった歴史があるためであろう。
これからもずっと残していって欲しいなぁ。


そう思って、受付の横で売られている和菓子を買って、その収益が駅舎の保存に使われるのかと
兄ちゃんに聞いたところ・・・苦笑い。和菓子屋の収益になるだけのようだ(苦笑)。
でも梅を求肥で包んだ「鵜野さらら」というその和菓子はめちゃくちゃおいしかった~

卯之町を歩く

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伊予大洲からの続き。

残念ながら今朝は肱川あらしは発生しなかったので、朝から卯之町へ移動。
この旅の間、ズボラしてついつい特急に乗ってしまう(汗)。


卯之町は宇和島藩の在郷町、旧宇和島街道の宿場町として栄えたところ。
駅から国道56号線を渡ると、レトロな旅館や食堂などがあったりして気分が盛り上がってくる。

「中心街」なんてそのまま過ぎる名の商店街(笑)。

この辺りからが古いまちなみのエリアだな。


メインストリートは中町と呼ばれる通りで、これが旧宇和島街道なのだろう。
近世から昭和初期までに建てられた商家や旅館、町家などがまとまって残る。


江戸時代から続く松屋旅館、ここに泊まろうかとも考えたのだが、先述の理由で大洲泊にしたので、
また次の機会に。ここでは20種類の漬物を味わえる漬物膳が名物らしいのだが、流動的な予定
だったため昼食の予約もできなかった。


その向かいにある造り酒屋、元見屋酒店。代表銘柄である日本酒「開明」の文字が染め抜かれた
暖簾が老舗の風格を醸す。結構人が出入りしていた。


えびす様が乗った、中村屋旅館さんの玄関。桜や松の形の下地窓がとってもかわいい!
営業されているのかどうかは・・・?


立派な店構えの宇和ヤマミ醤油の入口から中をのぞくと、高い天井、黄色の土壁が実にいい感じ。
「どうぞ見て行って下さいね」と穏やかなおかみさんが声をかけて下さったので、おじゃまして
甘酒を頂きながら、いろいろお話を伺う。


砂糖を入れておらず麹だけの甘みという甘酒がとてもおいしくて、さらに生うにを贅沢に使ったという
うに醤油も味見させてもらい、お土産に購入。


観光マップに載っていた、原料袋のリサイクルバッグに入れてとリクエストして、
四国の柄のバッグを選ぶ。こんなことでも何かうれしいって、女子だわ~~(笑)


伝建地区の中心である開明学校を見に行く。1882(明治15)年に建てられた擬洋風の
小学校の校舎は国内最古級といい、重要文化財。
基本は蔵のような土壁の建物だが、小さなアーチ窓が並ぶことでハイカラな空気を纏っている。

その隣には、開明学校以前の1869(明治2)年に町民の寄付によって作られた私塾、申義堂
がある。和風の平屋建てで時代劇に出てくるような寺子屋そのまま。

地理的には中央から遠く離れていても、教育熱心で西洋の文明をいち早く取り入れたいと願う人々の
熱意には頭が下がる思いだ。


お昼ごはんを食べに、マップに載っていた池田屋へ入るが、期待していた日替わりの三里膳は
時季柄クリスマスランチに変わっており、ちょっと残念。。。
しかも料理が出てくるまでかなり待たされて・・・電車の時間が迫って最後ちょっと焦る。。。

待っている間にお手洗いを借りると、店の裏へ通り抜けて裏庭に面した離れのようなところだった。
すると・・・池田屋ももともと造り酒屋だったようで、木造の倉庫とレンガ蔵があるじゃないの!
レンガ蔵では時々ライブか何かをやっているようだ。思わぬ風景を見れて何か得した気分!!



食べ終わって急いで駅へ戻る。

ところで、卯之町駅の待合スペースには囲炉裏のような火鉢があり、豆炭がくべられている。
豆炭のある駅なんて初めて見た!(笑)


続く。

伊予吉田と宇和島再訪

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卯之町からの続き。

1両だけの気動車に乗って南へ向かう。特急と違ってゆっくりゆっくり、途中の下宇和駅で対向列車を待つ。


伊予吉田駅は小さな駅。誰かのブログか何かで、素敵なまちの写真を見たような覚えがあり、
一度途中下車してみようと思っていたのだ。マップも何もないので、適当に歩いてみるか。。。


駅を出てすぐ、細い水路と古い町家が。おお、素敵だなぁ。。。


このあたりでは水路際の石組みに使われるのも青石でなく砂岩。陰影が美しい。


国道56号線を渡り港へ出てみる。青果倉庫が建っておりトラックの荷台にはみかんが山盛り!




ここは卯之町のように古い町を売りにしているわけでもなく観光地でもない、ごく普通の町であるが
かつては陣屋があったようだ。


界橋(さかいばし)、この文字を見るとちょっとタダモノではない雰囲気。


洋館など特筆すべき建物は見当たらなかったが、小一時間ほど趣あるまちの散策を楽しんだ。


さらに南下して宇和島へ向かう。宇和島は前にも来たことがあるのだが、大物を見逃していたことを
後で知って、再訪しようと思っていたのだった。

駅でレンタサイクルを借り、廃線跡らしき道を走ってやってきたのは、旧宇和島警察署。
明治17年に宇和島警察署として建てられたこの建物は、昭和28年に移築されて南宇和郡西海町役場として
平成2年まで使われたあと、この地へ「里帰り」し「復元」されたという。

完全な逆光!!

元の部材がどの程度使われているのかは不明であるが、このような装飾豊かな洋館が明治前半に
建てられ大切に近年まで現役で使われていたとは、案内板に書いてある通り「当時の南予の
先駆性を物語る歴史的価値ある建物」として保存すべきものだろう。


前回行かなかった宇和島城の西側を少し走るが、またキツい直射日光に辟易。。。
まだ時間は早いがまちなかへ戻りお茶を飲んでゆっくりしよう。。。


伊予銀行追手支店のテラコッタのレリーフ。1955の年号入り。昭和30年か。


前回ちょっと惹かれていた、コーヒーあんどう。
中は結構広くて裏に緑が見えていい感じ。


サンドイッチとココアを頼んでひと息。。。

素敵ですね、ここでずいぶん長いことされてるんですか、とママさんに話しかけた覚えがあるのだが
その答えを思い出せない(汗)。3ヶ月も経ってから書くと忘れてしまうからダメだなぁ・・・

このあとまた八幡浜まで移動して、大正湯に浸かって、肱南バスで松山空港へ直行!
この空港シャトルバス、超便利なのに、いつもお客が1~2人とか少なく、廃止されてしまわないか心配。。。
ピーチ&肱南バスで南予へ!大正湯もセットで、強力におすすめします~

さすがに3泊4日の旅は途中で疲れてきて、最後はちょっとだれてしまった。。。
記事も中だるみしてしまったけれど、長らくおつきあいありがとうございました。

終わり。






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