音戸の続き。
実は、妹の広島行きに便乗して音戸の瀬戸へやって来た最大の目的はと言うと・・・
以前、陸の上の舟という記事を書いたときに、コンクリート船というものが戦時中日本でも作られ、
その後無用となったものが防波堤として今も残っているということを知ったのだった。見たい!!
そのコンクリート船があるのは、さっき散策した鰯浜や北隠渡とは逆方向のまちはずれにある坪井漁港である。
・・・と、まぁまずは「おんど観光文化会館うずしお」で瀬戸を行き交う船を眺めながらあなご丼御膳を。
これが期待以上においしく、居心地がよくすっかりくつろいでしまった。1Fの物産店も「カメノテ」とか
変わったものがいろいろ売っていて購買欲を刺激される(笑)
音戸大橋のらせんの下に地下道があった。さっき歩き始めたところから音戸大橋を挟んだ反対側にも
旧道の古いまちなみが200mほど残っている。もとはずっと連続していたのだろうが、
大橋ができたことにより分断されたと想像する。
海沿いのバス道は橋の下を通ってつながっているのだが、旧道上に作られたのがこの地下道だな。
こちらはこんなオシャレなお店もできているのか。ここでお昼でもよかったなぁ。時間があればお茶しよう。
立派な石垣が見えたのでちょっと入ってみよう。
まるでお城のような石垣は法専寺のもの。
繊細な格子のファサードが美しい町家。
道端にレンガの煙突が。これは何の煙突だったのだろう。。。
古いまちなみが途切れ第二音戸大橋をくぐったところからさらに15分ぐらい歩いて行くと、
雑然とした小さな漁港が見えてきた。
どこにコンクリート船があるのだろう・・・と、道路から見渡すと、すぐに分かった。あれだ!!
漁港を抱え込む腕のような防波堤、その一部がちょっと不自然な形になっている。
細い防波堤の先まで行くのはちょっとゾワゾワしたが・・・見たい一心で近寄っていくと、おぉ、おぉ、
確かに船だな!!舳先が斜め上にせり出している。
先端だけ鉄でできているのはやはりぶつかった時の強度を持たせるためかな。
氷山でも割って進みそう(笑)
それにしてもちょっと風変わりな形をしている。意外に幅が狭く舳先以外は平ら。そして水面下の
部分が大きく丸くふくらんでいるのだ。油槽船、つまりタンカーなので、水中に沈めた方が浮力を得られ軽く運べる。
しかしこのしもぶくれのブサイクな形は・・・(笑)
終戦近くに作られたからか、ネット情報によるとこの船は使われることなく防波堤となってしまったようだ。
タンクの中にコンクリートを詰められ、中も外もコンクリートの船となりここに鎮座している。
働くこともなく引退とは本人(本船?)は無念で悔しいかもしれないが、それもまた運命である。
いや~面白いな!!
このコンクリート船を見に行ったのは、実は、先に見てきた若松の軍艦防波堤(響灘沈艦護岸)の翌週。
すっかり廃船づいた2015年の秋だった(笑)
終わり。
実は、妹の広島行きに便乗して音戸の瀬戸へやって来た最大の目的はと言うと・・・
以前、陸の上の舟という記事を書いたときに、コンクリート船というものが戦時中日本でも作られ、
その後無用となったものが防波堤として今も残っているということを知ったのだった。見たい!!
そのコンクリート船があるのは、さっき散策した鰯浜や北隠渡とは逆方向のまちはずれにある坪井漁港である。
・・・と、まぁまずは「おんど観光文化会館うずしお」で瀬戸を行き交う船を眺めながらあなご丼御膳を。
これが期待以上においしく、居心地がよくすっかりくつろいでしまった。1Fの物産店も「カメノテ」とか
変わったものがいろいろ売っていて購買欲を刺激される(笑)
音戸大橋のらせんの下に地下道があった。さっき歩き始めたところから音戸大橋を挟んだ反対側にも
旧道の古いまちなみが200mほど残っている。もとはずっと連続していたのだろうが、
大橋ができたことにより分断されたと想像する。
海沿いのバス道は橋の下を通ってつながっているのだが、旧道上に作られたのがこの地下道だな。
こちらはこんなオシャレなお店もできているのか。ここでお昼でもよかったなぁ。時間があればお茶しよう。
立派な石垣が見えたのでちょっと入ってみよう。
まるでお城のような石垣は法専寺のもの。
繊細な格子のファサードが美しい町家。
道端にレンガの煙突が。これは何の煙突だったのだろう。。。
古いまちなみが途切れ第二音戸大橋をくぐったところからさらに15分ぐらい歩いて行くと、
雑然とした小さな漁港が見えてきた。
どこにコンクリート船があるのだろう・・・と、道路から見渡すと、すぐに分かった。あれだ!!
漁港を抱え込む腕のような防波堤、その一部がちょっと不自然な形になっている。
細い防波堤の先まで行くのはちょっとゾワゾワしたが・・・見たい一心で近寄っていくと、おぉ、おぉ、
確かに船だな!!舳先が斜め上にせり出している。
先端だけ鉄でできているのはやはりぶつかった時の強度を持たせるためかな。
氷山でも割って進みそう(笑)
それにしてもちょっと風変わりな形をしている。意外に幅が狭く舳先以外は平ら。そして水面下の
部分が大きく丸くふくらんでいるのだ。油槽船、つまりタンカーなので、水中に沈めた方が浮力を得られ軽く運べる。
しかしこのしもぶくれのブサイクな形は・・・(笑)
終戦近くに作られたからか、ネット情報によるとこの船は使われることなく防波堤となってしまったようだ。
タンクの中にコンクリートを詰められ、中も外もコンクリートの船となりここに鎮座している。
働くこともなく引退とは本人(本船?)は無念で悔しいかもしれないが、それもまた運命である。
いや~面白いな!!
このコンクリート船を見に行ったのは、実は、先に見てきた若松の軍艦防波堤(響灘沈艦護岸)の翌週。
すっかり廃船づいた2015年の秋だった(笑)
終わり。