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Channel: まちかど逍遥
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神戸臨港貨物線跡、再び。

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宮本温泉の帰りにたまたま出くわした神戸臨港貨物線跡の遊歩道
こないだは神戸市立科学技術高校横のガードのところから上って灘駅前までの間を歩いたので、
西半分を見に行こうと、3時すぎごろ家を出た(遅!)。

雨がぱらついてきたが、律儀にも(笑)あのガードの脇の階段を上ったところからスタート。
2号線の南側のHAT神戸あたりに行ったことがあり、あの辺で終わっていることは
だいたいわかっているので、距離は知れている。


おや?いきなり現れたこれは??
ミニチュアのレールじゃないの。こないだは暗くて見えなかったのか。
わざわざフェンスで囲ってあるところを見ると、時々列車の模型を走らせるのだろうか。


ポイントもあって、実際に切り替えられるようになっている。
廃線跡を模型の列車が走る・・・おもしろいな!誰が設置したのだろう。まさかJR貨物??


右手に学校、左手にマンションを見ながら進んで行くと、道路を横断する架道橋の手前で
小さな線路は終わっていた。何の説明も書かれておらず、謎。。。


架道橋はなかなかいい感じ!十字路の対角を結んでひとまたぎ。
「架平成21年10月」と書かれている。欄干が新しいのは見て分かるが、桁も新しく
架け替えたのだろうか。
古い桁をそのまま使っているなら嬉しいが、新しく架けたのだとしても、それはまた
「わざわざ」と思えば嬉しいことだ。

このあたりの築堤の法面はナチュラルな感じで元の雰囲気が残っているなと思ったら、
工事の乗り入れ用のアスファルトも残っていた。あまり手を入れていないのか。
予算が尽きてしまったのか(笑)

そしてほどなくクライマックス。国道2号線の大横断!阪神国道架道橋である。

こちらもさっきと同じく架平成21年10月と書かれているが、
この狭さとこの形は元からのものだと思うが・・・改修年月という意味なのだろうか。
飾磨港線の新日鉄広畑製鉄所へ続く廃線跡で渡った橋もこんな感じだったな。

おや、架線柱も残っている。ガイシもついているし、色あせたプレートもついている。

こういう小物は素敵なアクセサリーだ。いいじゃな〜い!

やっぱり10車線を斜めにひと跨ぎはさすがにちとしんどいようで、途中に支柱がある。
橋台は複線用になっているな。


・・・えっ、これは何??


うわぁ、さっきのは模型のレールだったが、これは本物だ!!路盤も元々のままっぽい。
この一部分だけ、まったく手をつけずに保存したのか。


あぁ、さっきの模型のレールはこれの伏線だった気がしてきた。なんて素敵なんだろう。
しかもこのあたりはまだ周りがマンション開発されておらず、背景が古い倉庫や工場なのが
またいいじゃないの〜


積み重ねられた古い枕木もつる草に覆われつつあり、なんとも言いがたい趣。。。
廃線跡を整備する際にはがした枕木を野ざらしで積んでおくというのは、鉄道好きの
人の発案だろうな。それとも整備以前から積んであったものか。


まるでローカル線の駅の片隅にいるかのような感覚にとらわれる。・・・あぁ、いいなぁ。


一番端に説明板があった。1869(慶応4)年の神戸港が開港、1907(明治40)年に
貨物駅の灘駅ができ、小野浜駅(後の神戸港駅)で貨物の取り扱いが始まったという。
大正15年の地図には、神戸港駅からさらに港の第1〜4突堤の先端まで、
毛細血管のように伸びていた引き込み線の線路が記されていた。


ここで遊歩道は終わり。この先の廃線跡は阪神高速沿いであるが、きれいに舗装され
もう全くわからない。

地上に降りて国道2号線の方へ歩いていく。

阪神国道架道橋のたもとに古い祠があった。「乙女塚古墳」と書かれた石碑もあった。
乙女塚は御影の方ではなかったっけ?移設されたのだろうか。


昔見た記憶は、まったくこんな感じだったな。いつの間にか、列車は走らなくなっていたのだ。


あぁ、たった600mほどの距離だったが、見ごたえたっぷり。
私は臨港貨物線の現役の時をほとんど知らず、整備が開始されるまでも全く意識して見たことが
なかったが、遊歩道になったからこうして歩くことができ、貨物線に思いを馳せることが
できるのだから、ほんとにうれしいことである。
しかも残された数々の痕跡や設置されたオブジェからは、臨港貨物線や神戸港への愛情が
いっぱい感じられ、高雄の貨物線に負けずとも劣らず、神戸もなかなかやるな!!






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