渡邊邸見学の続き。
雀巣庵から奥へ進むと、「念魚庵(ねんぎょあん)という広間の茶室がある。書院付きの床の間があり格式高い奥座敷といった風情。ここはもともと渡邊家に伝わる茶室。
床の間にはつやつや漆塗りの床框があるのだが、なんとこれ、床框の上面と前面を覆うL字断面のカバー用部材で、パカッと取り外すとその下からは、同じく漆塗りで高名な蒔絵師による高台寺模様入りの床框が現れた!!
こういうの最近どこかでも見たな!?と思ったら、この1か月ほど前に行った近江八幡の西川甚五郎邸だったっけ。
欄間のコウモリの透かし彫りは結構リアルな感じ。いろんな飛び姿が楽しいね!
これは揚家の「姫隠しの間」にあったものとか。
書院は半間分踏み込める奥行きがあり、それ自体が小さな部屋のような空間。正面にはシンボリックな花灯窓が。
その上の欄間も美しい子持ち格子。「業平透かし」というそうな。
書院から、この窓のある壁一枚挟んだところに念魚庵の「内腰掛」がある。雀巣庵の入口と同じくらいの大きさで、ここも玄関にしか見えないのだが、玄関とは言わないようで・・・茶室は難しい。
この赤い毛氈の上でお抹茶をいただく。こういうとき、基本的なお茶の素養ぐらい身につけておかないと恥ずかしいな・・・と思う(汗)
そして、こちらが離れの茶室「孤月庵」。「茶室」と聞いて私がまず思い浮かべるのはこういう建物だが、広間の茶室は武家好みで、詫び寂びの茶室は豪華でぜいたくな茶道への反発から千利休や小堀遠州が作り出していった・・・ということらしい(合ってるかな??汗)
この建物の妻壁に掛けられた「孤月」の文字の入った「ぬれ額」は、何と小堀遠州の手描きなのだとか!
この孤月庵の軒下に、織部の敷瓦が四半貼りで敷き詰められている。模様はないがグラデーションのついた緑色の敷瓦はえもいわれぬ美しさ!!私たちは狂喜乱舞で表面をウェットティッシュで拭き拭き写真を撮っていたのだが、ちょうどこの日庭園の手入れに入られていた庭師さんが最後に水まきをされていたので、小橋さんが頼んでくださって敷瓦に水を撒くと・・・このような透明感のある翡翠色に!!きゃ~~~っ
にじり口へ向かう踏み石、沓脱石がまるで水面に浮かんでいるかのように、石の形に添って敷瓦を切り欠いてある。何とていねいな仕事だろう。
この敷瓦は小橋さんのお父様である渡邊順久氏が茶室を移築した時にこだわって特注した織部焼の敷瓦なのだが、昭和30年代に作ったこと以外詳しいことは分からないとのこと。大変お気に入りで茶会の日には自ら雑巾がけまでしておられたそうだ。水に濡れた一番美しい姿を見ることができてラッキーだった!
カットした残りのかけらを見せてもらうと、素地は真っ白で2cmぐらいの厚みがありテーパーはついていない。う~ん、見てもどこのものかは分からないなぁ。。。
にじり口から入って中も見学できた。写真手前は木賊の天井。モンゴルの絞りの毛氈も素敵~~~!
網代天井の水屋。
この照明がまたいいね~!桐がモチーフ?最近のものかと思ったが順久氏の時代のものという。
孤月庵の奥から廊下が伸び、その先は母屋の台所に通じる。廊下の欄間に梅の花の透かし彫り。廊下はその向こうは船底天井。
この廊下にあけられた長円形で波型の格子の入った窓は、「かげろう窓」と呼ばれている。ゆらゆらしたシルエットが陽炎を思わせるからだろうか、美しいネーミングだなぁ!
今回見学できなかったが白雲軒というお茶室もあり、アルバムの写真を見るとまた違ったスタイルで意匠が凝らされている。もうまるで茶室の展示場のよう。お庭には見る人が見ればすごい灯篭がたくさんあったり、秋にはお庭が真っ赤に染まる見事な紅葉!!
そして入口脇のなまこ壁の蔵では、学生時代にバンド活動にはまっていたという小橋さんが、娘さんやお仲間と一緒にライブやワークショップもされているという。楽しそう!
古い茶室を守りながら蔵でギターを弾く。カッコイイなぁ~~機会があればライブを見に来たい。そして、もう少し茶室の知識を持って建物をもう一度見学したい。
雀巣庵から奥へ進むと、「念魚庵(ねんぎょあん)という広間の茶室がある。書院付きの床の間があり格式高い奥座敷といった風情。ここはもともと渡邊家に伝わる茶室。
床の間にはつやつや漆塗りの床框があるのだが、なんとこれ、床框の上面と前面を覆うL字断面のカバー用部材で、パカッと取り外すとその下からは、同じく漆塗りで高名な蒔絵師による高台寺模様入りの床框が現れた!!
こういうの最近どこかでも見たな!?と思ったら、この1か月ほど前に行った近江八幡の西川甚五郎邸だったっけ。
欄間のコウモリの透かし彫りは結構リアルな感じ。いろんな飛び姿が楽しいね!
これは揚家の「姫隠しの間」にあったものとか。
書院は半間分踏み込める奥行きがあり、それ自体が小さな部屋のような空間。正面にはシンボリックな花灯窓が。
その上の欄間も美しい子持ち格子。「業平透かし」というそうな。
書院から、この窓のある壁一枚挟んだところに念魚庵の「内腰掛」がある。雀巣庵の入口と同じくらいの大きさで、ここも玄関にしか見えないのだが、玄関とは言わないようで・・・茶室は難しい。
この赤い毛氈の上でお抹茶をいただく。こういうとき、基本的なお茶の素養ぐらい身につけておかないと恥ずかしいな・・・と思う(汗)
そして、こちらが離れの茶室「孤月庵」。「茶室」と聞いて私がまず思い浮かべるのはこういう建物だが、広間の茶室は武家好みで、詫び寂びの茶室は豪華でぜいたくな茶道への反発から千利休や小堀遠州が作り出していった・・・ということらしい(合ってるかな??汗)
この建物の妻壁に掛けられた「孤月」の文字の入った「ぬれ額」は、何と小堀遠州の手描きなのだとか!
この孤月庵の軒下に、織部の敷瓦が四半貼りで敷き詰められている。模様はないがグラデーションのついた緑色の敷瓦はえもいわれぬ美しさ!!私たちは狂喜乱舞で表面をウェットティッシュで拭き拭き写真を撮っていたのだが、ちょうどこの日庭園の手入れに入られていた庭師さんが最後に水まきをされていたので、小橋さんが頼んでくださって敷瓦に水を撒くと・・・このような透明感のある翡翠色に!!きゃ~~~っ
にじり口へ向かう踏み石、沓脱石がまるで水面に浮かんでいるかのように、石の形に添って敷瓦を切り欠いてある。何とていねいな仕事だろう。
この敷瓦は小橋さんのお父様である渡邊順久氏が茶室を移築した時にこだわって特注した織部焼の敷瓦なのだが、昭和30年代に作ったこと以外詳しいことは分からないとのこと。大変お気に入りで茶会の日には自ら雑巾がけまでしておられたそうだ。水に濡れた一番美しい姿を見ることができてラッキーだった!
カットした残りのかけらを見せてもらうと、素地は真っ白で2cmぐらいの厚みがありテーパーはついていない。う~ん、見てもどこのものかは分からないなぁ。。。
にじり口から入って中も見学できた。写真手前は木賊の天井。モンゴルの絞りの毛氈も素敵~~~!
網代天井の水屋。
この照明がまたいいね~!桐がモチーフ?最近のものかと思ったが順久氏の時代のものという。
孤月庵の奥から廊下が伸び、その先は母屋の台所に通じる。廊下の欄間に梅の花の透かし彫り。廊下はその向こうは船底天井。
この廊下にあけられた長円形で波型の格子の入った窓は、「かげろう窓」と呼ばれている。ゆらゆらしたシルエットが陽炎を思わせるからだろうか、美しいネーミングだなぁ!
今回見学できなかったが白雲軒というお茶室もあり、アルバムの写真を見るとまた違ったスタイルで意匠が凝らされている。もうまるで茶室の展示場のよう。お庭には見る人が見ればすごい灯篭がたくさんあったり、秋にはお庭が真っ赤に染まる見事な紅葉!!
そして入口脇のなまこ壁の蔵では、学生時代にバンド活動にはまっていたという小橋さんが、娘さんやお仲間と一緒にライブやワークショップもされているという。楽しそう!
古い茶室を守りながら蔵でギターを弾く。カッコイイなぁ~~機会があればライブを見に来たい。そして、もう少し茶室の知識を持って建物をもう一度見学したい。