湯之島館からの続き。
翌朝、下呂駅から朝イチの高山行き急行バスに乗り込む。約1時間で直行してくれるので便利で楽々~~
高山駅から伝統的建造物群保存地区は少し離れている。寄り道しながらぶらぶら歩いて日下部民藝館にやってきた。
旧日下部家住宅で国指定重要文化財。
高山は1692(元禄5)年に金森氏が国替えになったあと徳川幕府直轄の天領となった。日下部氏は天領時代に
幕府の御用商人として栄えた家で、「谷屋」の屋号を名乗っていた。現在の建物は1875(明治8)年の大火のあと
復興されたもので、1879(明治12)年築。1966(昭和41)年から民芸館として一般公開されている。
平入りの入口は、一瞬そこがトンネル路地になっているのかと思わせるような、1階の外壁面から1間半ほども
奥まったところにある。この深い踏み込みスペースは雪国の知恵だろうか。
入口の引き戸を入ると、広い吹き抜けの土間が広がっていた。土間に面して台所が張り出していたり、
小上がりのような畳の部屋があったりするが、天井は抜けており単に囲っているだけのような感じなので
広い土間に作られたドラマのセットのような印象を受ける。
しかし総ヒノキ造といい、黒っぽい色なのはベンガラにすすを混ぜて塗る高山の町家作りの特色なのだとか。
土間はたたきでなく赤レンガ色の敷瓦が敷き詰められているが、これが元からなのかどうかは不明。。。
もう50年以上も一般公開されているわけなので、改修されているのかもしれないな。係りの人に聞けばよかった。
土間は奥へ抜けている。主屋と土蔵と、土産物コーナーとなっている休憩所に囲まれた中庭は作業場だったのだろう。
主屋の方を見る。
ユニークなデザインの火の用心札。
部屋に上がる。右側の2部屋は天井がない。めちゃくちゃ寒そう。。。
展示されている民芸品はあまり多くなく、蔵の中と、床の間などに少し。
これは用途は不明だが(書いてあったのかも・・・幟旗かな)藍染の絣で、「三國一」「冨士山」「日本」「中川」などの文字や
汽車の絵が入っていて面白いなぁ!縦糸と横糸の両方を染め分けて模様を作り出す「経緯絣」だ。
奥まったところに仏間や本座敷などがきれいな田の字に並んでいる。ここは2階があり天井もあるので、さすがに暖房も効くだろう。
座敷の方は引き手や釘隠しも凝ったものが使われている。
この釘隠しは焼物だな!織部釉がかかって厚みがあって、ブローチのよう。素敵だなぁ。
これは鉄製だが何の柄?花のようであり雲のようでもあり・・・
本座敷が面する観賞用のお庭。
2階にも上る。ゴツイ窓枠。いろいろな部分であまり見たことのない造りだ。民家でも地方によって全く異なるなぁ。
2階から見下ろした1階のこけら葺の屋根。内角の納まりが美しい・・・
そして、庭の一角にある外便所に敷かれた本業タイル、これを見に来たのだ!場所が分からなかったので教えてもらった。
見たことのある柄だ。確か飫肥の旧山本猪平邸にあったものと同じ・・・と思っていたけど、あらためて見ると
微妙に違っているなぁ。パーツの間隔とか向きとか。。。大きさごとに作った型紙がちょっと違っていたのだろうな。
飫肥のは6寸、こちらのは測り忘れたけど多分8寸角。
こんな敷瓦を踏んで用を足すなんて、もったいないなぁ!(苦笑)
土産物コーナーには焼き物や紙製品、布製品など各地の民藝の品が売られている。その中に・・・タイル!?
これは瀬戸の復刻品だな。
続く。
翌朝、下呂駅から朝イチの高山行き急行バスに乗り込む。約1時間で直行してくれるので便利で楽々~~
高山駅から伝統的建造物群保存地区は少し離れている。寄り道しながらぶらぶら歩いて日下部民藝館にやってきた。
旧日下部家住宅で国指定重要文化財。
高山は1692(元禄5)年に金森氏が国替えになったあと徳川幕府直轄の天領となった。日下部氏は天領時代に
幕府の御用商人として栄えた家で、「谷屋」の屋号を名乗っていた。現在の建物は1875(明治8)年の大火のあと
復興されたもので、1879(明治12)年築。1966(昭和41)年から民芸館として一般公開されている。
平入りの入口は、一瞬そこがトンネル路地になっているのかと思わせるような、1階の外壁面から1間半ほども
奥まったところにある。この深い踏み込みスペースは雪国の知恵だろうか。
入口の引き戸を入ると、広い吹き抜けの土間が広がっていた。土間に面して台所が張り出していたり、
小上がりのような畳の部屋があったりするが、天井は抜けており単に囲っているだけのような感じなので
広い土間に作られたドラマのセットのような印象を受ける。
しかし総ヒノキ造といい、黒っぽい色なのはベンガラにすすを混ぜて塗る高山の町家作りの特色なのだとか。
土間はたたきでなく赤レンガ色の敷瓦が敷き詰められているが、これが元からなのかどうかは不明。。。
もう50年以上も一般公開されているわけなので、改修されているのかもしれないな。係りの人に聞けばよかった。
土間は奥へ抜けている。主屋と土蔵と、土産物コーナーとなっている休憩所に囲まれた中庭は作業場だったのだろう。
主屋の方を見る。
ユニークなデザインの火の用心札。
部屋に上がる。右側の2部屋は天井がない。めちゃくちゃ寒そう。。。
展示されている民芸品はあまり多くなく、蔵の中と、床の間などに少し。
これは用途は不明だが(書いてあったのかも・・・幟旗かな)藍染の絣で、「三國一」「冨士山」「日本」「中川」などの文字や
汽車の絵が入っていて面白いなぁ!縦糸と横糸の両方を染め分けて模様を作り出す「経緯絣」だ。
奥まったところに仏間や本座敷などがきれいな田の字に並んでいる。ここは2階があり天井もあるので、さすがに暖房も効くだろう。
座敷の方は引き手や釘隠しも凝ったものが使われている。
この釘隠しは焼物だな!織部釉がかかって厚みがあって、ブローチのよう。素敵だなぁ。
これは鉄製だが何の柄?花のようであり雲のようでもあり・・・
本座敷が面する観賞用のお庭。
2階にも上る。ゴツイ窓枠。いろいろな部分であまり見たことのない造りだ。民家でも地方によって全く異なるなぁ。
2階から見下ろした1階のこけら葺の屋根。内角の納まりが美しい・・・
そして、庭の一角にある外便所に敷かれた本業タイル、これを見に来たのだ!場所が分からなかったので教えてもらった。
見たことのある柄だ。確か飫肥の旧山本猪平邸にあったものと同じ・・・と思っていたけど、あらためて見ると
微妙に違っているなぁ。パーツの間隔とか向きとか。。。大きさごとに作った型紙がちょっと違っていたのだろうな。
飫肥のは6寸、こちらのは測り忘れたけど多分8寸角。
こんな敷瓦を踏んで用を足すなんて、もったいないなぁ!(苦笑)
土産物コーナーには焼き物や紙製品、布製品など各地の民藝の品が売られている。その中に・・・タイル!?
これは瀬戸の復刻品だな。
続く。