9月に行った粘土工業所、その記事だけ書いて、しばらくあいてしまったが・・・
せっかく岐阜の山の方まで行くのだから、ついでに近隣物件も見て回ろうということになり、
男性メンバーがレンタカーを借りてくれて、旧八百津発電所を訪れた。
最近、そこが年末で休館というニュースを目にしたので、ちょうどいいので復活して続きを書こう。
このところ雨がちだったせいで水量多めの木曽川のほとりに佇む、まるでお城のような白亜の建物が目に入ったとき
思わず、おぉ~~!と声が出た。1911(明治44)築の古いレンガ造モルタル塗りの建物。
展望台のような公園があって川越しにその雄姿を眺められる。
電力需要が急増した近代、木曽川水系初の本格的発電所として建設され、7500kwの出力を誇った。
1917(大正6)年には放水路の水を再利用する放水口発電所を増設、63年間産業の近代化を支えてきたが
1974(昭和49)年に少し上手に丸山発電所が完成して役目を終えた。
旧八百津発電所は、国の重要文化財に指定されている。
背後には現役の丸山発電所と赤い鉄橋。これより上流は「蘇水峡」。
さぁ近くへ行ってみよう。しっとり雨に濡れた石垣も美しい。
これは川面ぎりぎりに建つ放水口発電所の建物。
土木構造物は迫力がある。構造物の大きさはすなわち自然の力の大きさ。途方もなく巨大な自然の力を感じるな!
レンガ積みモルタル塗りの本館は手前が送電棟、奥が発電棟と2棟の建物からなっている。いずれの建物も
3階建てほどの高さがある。
入場料を払って中へ入ると、送電棟には巨大な変電設備があって、また巨大な碍子によって支えられた
電線が壁を這っていた。全てがデカイ!!
発電棟に入るにはヘルメット着用の上、「自己責任」。
高い天井!!体育館、いや、もっと大きいな、前に見た津守下水処理場と同じような感じだな。
放熱性をよくするために吹き抜けの大空間となっているとか。ここでも上部に水平移動するクレーンが据付け
られている。
機能一辺倒になりがちな発電所なのに、この優美な半円アーチ窓。。。外の緑がまるで絵画のように。
この他にも窓がたくさん取られており、建物内は白い壁とも相まってとても明るい。
発電棟の一角に展示されていた建設時の写真が興味深い。発電用の水車を川舟で運び込んだとは!!
まぁ当時は陸路より水運が便利だっただろう。そろいの法被、工事に携わった人々は誇らしかっただろうな。
送電棟の方は1階が母線室、2階は配電室と2層になっていた。
この階段だけがちょっと異質な刳りものの手すり子の並んだクラシカルなデザインだった。
2階に上ってもまだ天井が高い!ここから発電棟を見下ろせる。
発電所を後にして移動しかけたところで、きれいに俯瞰できるスポットがあった。
発電棟の階段状のゲーブル。「名古屋電力株式会社」の文字が見える。
凝ったつくりが近代化のインフラにかける当時の並々ならぬ意気込みを表しているなぁ。
少し走ったところで素敵な鉄橋を通過。ちょ、ちょ、ちょっと・・・・スト~ップ!!
これは鉄道橋じゃないの!?
油皆洞川に架かる、油皆洞橋。昭和29年12月竣功。
リベットぶつぶつのポニーワーレントラス。
検索してみたところ、やはり鉄道橋の転用のようで、1815(明治18)年頃の英国製だとか。
浜中津橋や和歌山の新興橋と同じ「ポーナル桁」だろうか。
来た道を戻る途中に、行きしな皆が気になっていた建物に寄り道。皆、車の窓から目ざとくこのタイルに
目を留めていたのだ(笑)
これは何だ?左右に同じ形のドアが。もしかしてお風呂屋??・・・ではなく、「八百津町公民館 上飯田分館」。
水色のタイルにオレンジ色のすいがら入れが、にくいほどマッチしてるじゃないの~~~いいねぇ!!
何か分かって皆安心してお昼ごはんどころへ向かったのだった。
続く。
せっかく岐阜の山の方まで行くのだから、ついでに近隣物件も見て回ろうということになり、
男性メンバーがレンタカーを借りてくれて、旧八百津発電所を訪れた。
最近、そこが年末で休館というニュースを目にしたので、ちょうどいいので復活して続きを書こう。
このところ雨がちだったせいで水量多めの木曽川のほとりに佇む、まるでお城のような白亜の建物が目に入ったとき
思わず、おぉ~~!と声が出た。1911(明治44)築の古いレンガ造モルタル塗りの建物。
展望台のような公園があって川越しにその雄姿を眺められる。
電力需要が急増した近代、木曽川水系初の本格的発電所として建設され、7500kwの出力を誇った。
1917(大正6)年には放水路の水を再利用する放水口発電所を増設、63年間産業の近代化を支えてきたが
1974(昭和49)年に少し上手に丸山発電所が完成して役目を終えた。
旧八百津発電所は、国の重要文化財に指定されている。
背後には現役の丸山発電所と赤い鉄橋。これより上流は「蘇水峡」。
さぁ近くへ行ってみよう。しっとり雨に濡れた石垣も美しい。
これは川面ぎりぎりに建つ放水口発電所の建物。
土木構造物は迫力がある。構造物の大きさはすなわち自然の力の大きさ。途方もなく巨大な自然の力を感じるな!
レンガ積みモルタル塗りの本館は手前が送電棟、奥が発電棟と2棟の建物からなっている。いずれの建物も
3階建てほどの高さがある。
入場料を払って中へ入ると、送電棟には巨大な変電設備があって、また巨大な碍子によって支えられた
電線が壁を這っていた。全てがデカイ!!
発電棟に入るにはヘルメット着用の上、「自己責任」。
高い天井!!体育館、いや、もっと大きいな、前に見た津守下水処理場と同じような感じだな。
放熱性をよくするために吹き抜けの大空間となっているとか。ここでも上部に水平移動するクレーンが据付け
られている。
機能一辺倒になりがちな発電所なのに、この優美な半円アーチ窓。。。外の緑がまるで絵画のように。
この他にも窓がたくさん取られており、建物内は白い壁とも相まってとても明るい。
発電棟の一角に展示されていた建設時の写真が興味深い。発電用の水車を川舟で運び込んだとは!!
まぁ当時は陸路より水運が便利だっただろう。そろいの法被、工事に携わった人々は誇らしかっただろうな。
送電棟の方は1階が母線室、2階は配電室と2層になっていた。
この階段だけがちょっと異質な刳りものの手すり子の並んだクラシカルなデザインだった。
2階に上ってもまだ天井が高い!ここから発電棟を見下ろせる。
発電所を後にして移動しかけたところで、きれいに俯瞰できるスポットがあった。
発電棟の階段状のゲーブル。「名古屋電力株式会社」の文字が見える。
凝ったつくりが近代化のインフラにかける当時の並々ならぬ意気込みを表しているなぁ。
少し走ったところで素敵な鉄橋を通過。ちょ、ちょ、ちょっと・・・・スト~ップ!!
これは鉄道橋じゃないの!?
油皆洞川に架かる、油皆洞橋。昭和29年12月竣功。
リベットぶつぶつのポニーワーレントラス。
検索してみたところ、やはり鉄道橋の転用のようで、1815(明治18)年頃の英国製だとか。
浜中津橋や和歌山の新興橋と同じ「ポーナル桁」だろうか。
来た道を戻る途中に、行きしな皆が気になっていた建物に寄り道。皆、車の窓から目ざとくこのタイルに
目を留めていたのだ(笑)
これは何だ?左右に同じ形のドアが。もしかしてお風呂屋??・・・ではなく、「八百津町公民館 上飯田分館」。
水色のタイルにオレンジ色のすいがら入れが、にくいほどマッチしてるじゃないの~~~いいねぇ!!
何か分かって皆安心してお昼ごはんどころへ向かったのだった。
続く。